第2話 森に消えたシロ

 そうしてしばし、私は迷子になっていたということも忘れ、シロを相手にじゃれていると、

「お~い、飯田ぁ~、どこだぁぁっ?」

「飯田く~ん、いたら返事してぇぇっ!」

と、近くで先生達の声がした。

担任の山田先生と、2組の篠田先生だ。

私が時間になっても帰ってこないので、森の中まで探しにやって来たに違いない。

「いっけね、オレ、迷子になってたんだ」

いやはや、何とも情けないことだ。

小4にもなって迷子となり、それでぶざまに怪我をして、犬に驚き、先生方のお世話になるとは、我人生において最悪の日だ。

私は少し気恥ずかしいながらも、ジッとしているわけにもいかず、

「はーい、先生、オレここだよぉっ!」

声に応えて立ち上がった。

シロと遊んでいるうちに、足の痛みもかなり治ってきている。

まだ先生達の方に走って行けるほどでもないが、集合場所に歩いて戻るくらいなら問題はないだろう。

少し足を引きずりながら、私が声の方に行こうとすると、後ろからシロまでがついて来ようとした。

「あ、コラッ。ダメだよ。おまえは自分の家に帰らなきゃ」

まさか遠足先で出会った野良犬を、このまま自宅にまで連れて帰るわけにはいかない。

私は慌ててシロがついて来ないよう、手で制した。

すると、シロも素直に止まってお座りの姿勢をとり、私の次の言葉を待つように小首を傾げてこちらを見つめた。

「も~、こ、困ったなぁ。そんな顔でオレを見るなよぉ。行きづらいじゃないか?」

シロも私の困惑を理解したのか、それとも私に嫌われたとでも思ったか、残念そうに体を地面に伏せて、上目遣いで見上げた。

「クゥ~ン……………」

「そ、そんな目で見るなよぉ~。ホントに連れて行けないんだから………………」

困り果ててそう言うと、そこへ私を探していた先生達が、茂みをかき分けてやって来た。

「おい、無事か? どこか怪我でもしてないか?」

「はい。そこで捻挫して、動けなかったんですけど、もう平気です」

聞く篠田先生に、私はおずおず答えた。

迷子になったという恥ずかしさもあって、まともに答えることができなかったのだ。

一方、担任の山田舞子先生は、

「それにしても、こんな森の奥にたった1人で、怖くなかった?」

「い、いえ、シロがいましたから」

「え?」

「誰かいたのか?」

私の言葉に、両先生は訝しげな顔をした。

私はこれまでのことを話そうと、さっきまでシロがいた方に振り返ると、もうそこにはあの灰色の犬、シロの姿はどこにもなかった。

「あ、あれ? どこ行ったのかな?」

私はそこいらじゅうを見渡した。

だが、もはやシロの姿はどこにもなかった。

いたという気配さえ感じなかった。

まさかあれは、幻だったのだろうか?

いや、それはない。

そのときの私の手の中にはまだ、シロの汚れた首輪が握られていたのだから。

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