第5話 感覚理解(1)

-3日前 警察署にて


1.


「あ、皆川さん」


「おう、智薫子ちゃん!例のブツか?」


「はい!ちゃんと言われた通りの服、買って来ましたよ!」


交通課の飯田さんが、嬉々としながら紙袋をたくさん抱えて部屋に入って来る。…例のブツっていったい。


「可愛いのから、少し大人っぽい雰囲気のものまで…取り揃えてみました!」


ガサゴソと袋の中を漁り出すと、女性物の服が次々と出て来る。スカートからパンツ…パンツ?!どうしてパンツまで…しかも、ブラジャーも出て来る…いったい何のために頼んだのか…まさか先輩にそんな趣味が…だから、この前好きな下着の色とか形とか尋ねてきたんだ…それなら合点がいく…


「どうだ、鳥井。可愛いやつばっかだろ?」


満面の笑みで下着や服を1枚1枚手に取り眺める。


「そうですね、系統的には結構可愛い系が多いですね…」


…言えない、まさかその趣味に俺が少しでも加担しているだなんて。アドバイスをしただなんて…


「ですよね、鳥井さん!頑張って選んで来てよかった♡」


「智薫子ちゃん、忙しいのにわざわざありがとな。今度昼飯でも奢るわ」


「まだ年度末とか、繁忙期とかじゃないんで大丈夫ですよー。じゃあ、あそこのパンケーキのお店連れて行ってください!」


「おうよ!」


「あと、忘れずにウィッグとムダ毛処理用のカミソリにクリームまで買っておきました!ブラジリアンワックスの道具も揃えておきましたので!」


…結構本格的だな。


「さすがの女子力の高さ!」


「えへへ…そう褒められると調子に乗っちゃいますよ、私。じゃあ、そろそろ戻りますね!またLINEして、お休みの日が分かればお伝えしますね」


そう言うと、飯田さんは仕事に戻って行った。


「先輩、随分飯田さんと仲が良いですね」


「お、俺達の仲に嫉妬してるのか?可愛い奴め」


「違いますよ。交通課と生活安全課なんてあまり接点がないのに、どうやって仲良くなったのかってただ単純に疑問に思っただけです」


「話せば長くなるぞ」


「じゃあ、簡潔にお願いします」



2.


「お前が倒れた次の日に職質されたんだ…」


「刑事が職質!?痴漢かストーキング、どれかやらかしたんですか?」


「お前…俺のこと、バカにしてるだろ絶対」


「いつもの冗談ですよ、冗談。どこで何をしてたら職質されたんですか?」


「…本屋でファッション雑誌を買おうと見てたんだ」


「ただ普通に雑誌を見てただけなら、別に怪しくないじゃないですか。ちなみに、どんなファッション雑誌を見ていたんですか?」


「…子ども向けから女子大生向けのやつを、手当たり次第 …」


「それはさすがに職質されますよ…」


「一部始終を見ていた店員が不審に思って、通報したらしい。それで駆けつけたのが智薫子ちゃんな」



3. Side M


―遡ること更に2日前、所轄内にある本屋にて


「…たく、何で俺様がわざわざ、本屋まで出向いてこんなものを買わなきゃならないんだ…面倒臭ぇ…鳥井に買いに来させりゃあ、ガキの使いで済むのによ…よりにもよって倒れやがって…」


鳥井に事件概要を説明したところ、奴は自分の吐瀉物の入った洗面器に顔を漬けたまま気絶してしまった。それが一昨日の夕方の話。目を覚ましたのが昨日で、署長の命令で大事を取って1日休みを取らせた。それゆえ本来ならば、頼むはずだった仕事を俺自身がやらないといけなくなってしまった。その仕事というのが、本屋にファッション雑誌を買いに行くというものだった。何と恥ずかしい…罰ゲームのような仕事に、うんざりしてしまう。しかも、本なんて大抵ネットで注文してしまうか電子書籍で済ましてしまう俺にとっては、久し振りの本屋だった。…まあ、学生気分に戻ったみたいで内心は少し楽しいが。


あの独特の紙やインクの匂い…昔からあの匂いを嗅ぐと無性に用を足したくなってしまう。あの不思議現象の正体はいったい何なんだろうか…仕事内容的には罰ゲーム…いや、羞恥プレイのように感じられる…とにかく、早く買ってこの場を立ち去りたい、そんな衝動に駆られる。


怪しまれないよう、本棚を順に見ていく。新書に漫画、文庫に専門書…と店内をうろつき、あくまでも「暇つぶしに本屋に入り、気に入った本を見付けたら買おうとして来ました」というポーズを装う。…やはり大の大人がファッション雑誌、しかも女性用のを買うのは恥ずかしいし気が引ける。でも、買わなければ帰れない…そう腹を括り、雑誌コーナーへ近付く。


「へえ…今の雑誌って、バッグとかポーチまで付録に付いてるんだな…面白い…あ、これは香水が付いてるな…」


パラパラと目に入った雑誌を見ようとするが、付録が挟まっているものはしっかりと固定されていて、読むことができない。最近の雑誌はすごいな、内容だけじゃ読者を取り込めないから付録に付加価値をつけて売り出しているようだ…取り敢えず表紙の煽り文だけでも見ておこう。一冊くらいは買っておくが、他は難癖付けて、明日にでも鳥井に買って来てもらおう。


「なかなか面白いな…たまには、こんな仕事もいっか。まあ、何でも楽しけりゃいいか…」


他の雑誌を立ち読みしたり、店内をうろついたりしてレジの店員が男に変わるタイミングを見計らっていた

。―ポンポンと後ろから背中を叩かれる感覚がし、振り返ると随分と背の低い女性警官が立っていた。


「あの…すみません」


彼女はこわごわと声を掛けて来た。


「え?はい?」


すかさず、返す。…こりゃ、俺が刑事だって知らない様子だ。まあ、無理もないか。一応警察界隈では、有名な部類に入るんだが。


「私、こういう者ですが…交通課に勤務する警察官の飯田智薫子(いいだ ちかこ)と申します」


懐から警察手帳を出すと、すっと俺に見えるように見せる。へえ、交通課の飯田智薫子って言うんだ…少し弄ってやろうかな、面白そうだ。一般人の振りを装って、警察署まで付いていく。そこでネタばらしだ…ああ、きっと面白い反応をしてくれるに違いない。


「はい…美人な警察の姉ちゃんが何の用で?」


「この本屋さんの店員さんが、スーツを着た不審な方が独り言を言いながらファッション雑誌を読んでいる…との通報を受けまして…」


「あ、俺のこと?」


「はい、俺のことです」


彼女は笑顔を絶やさない。見ようによっては、高校生がコスプレをして警官ごっこをしているように見えなくもない。


「なので、少しお話を伺いたいと思いまして…」


「まあ、それは構わないが。姉ちゃんはどこの警察署の警官なの?」


「緑署の警察官として勤務しています…」


へえ…俺と同じところじゃねえか。からかい甲斐が増えた、と心の中でニヤリと笑う。


「ほう、緑署ねえ…じゃあ、緑署まで行くわ」


「ご協力ありがとうございます。普通だと、すごい剣幕で“俺のどこが不審者なんだ!”なんて怒鳴る方の方が多くて…すんなり同行に協力してくれる方の方がむしろ少なくて…本当に助かります。私、結構ちびっこいので男性の方には舐められてしまうんです…だから、協力していただけるとついつい嬉しくなってしまって…あのっ…なんだか愚痴っぽくなってしまってすみません…」


「いやいや、俺はただの“不審者”だしな…協力を求められたら協力するのが市民の義務だ、なんてね。にしても、姉ちゃんほんと可愛いね…」


「では、パトカーに乗ってください」


一応職務は果たすのね。なんて偉い、真面目なんだ。


「あ、それはスルーするのね。ご丁寧にドアまで開けてくれて、助かるわ」


「内側からは開かないようにしますので、少しお待ちを…あ、シートベルトは後部座席でも着けてくださいね」


「了解」


パトカーに乗せられるのなんて、何年振りだろうか。…てかこの子、運転下手くそだぞ。さっきから何回もウィンカーを点け忘れたり、ブレーキをグッと踏まれたりが多くて、酔ってしまう。ここから警察署まではたった数分の距離なのに、気分が悪くなりそうだ…。


「姉ちゃんさ、車の運転苦手なの?」


「結構苦手ですね…」


可愛い苦笑い。


「運転はさ、慣れだもんな」


「先輩方にもそう言われるんですが…苦手なので。ちゃんとお休みの日は、運転の練習してるんですよ?」


「真面目なんだね、姉ちゃんは」


「えへへ、ありがとうございます」


―数分後、緑警察署にて


「すみません、通報を受けたさっきの不審者を連れて戻りました…調書を取りたいので、あそこの部屋を使いた…」


先程の可愛い笑顔はどこかへ行き、ビシッと真剣な顔付きに変わる。事務員で働いている妙齢のお姉様方に尋ねる。


「あ、智薫子ちゃんお帰りなさい」


「ただいま戻りました」


「あら、皆川くんもお帰りなさい」


「ただいま」


「…え?」


飯田さんの顔が強ばる。事態を飲み込めていない様子だ。


「あら、飯田さんまで一緒でどうしたの?デート?勤務中はダメよ…ふふふ…全く、皆川くんは女たらしなんだから…」


「違いますよ、まあ、彼女は結構可愛い部類かと思いますが」


「皆川くん、智薫子ちゃん、頂き物の美味しい羊羹があるんだけど、食べる?」


「いいんですか?じゃあ、遠慮なく…」


「それなら今からお茶入れるわね」


「ありがとうございます」


「えっと…皆川さんっておっしゃるんですね。結構な常連さんって感じでここに来られてるんですか?ダメじゃないですか!皆さんも不審者として来られた方のおもてなしなんかしたら!」


そりゃあ、常連の不審者をこんな風にもてなすなんて普通ならおかしな話だ。飯田さんが怒るのも、びっくりするのもうなずける。


「あら、智薫子ちゃん知らなかったの?皆川さんはね、うちの生活安全課の刑事さんよ」


まさか、事務員さんの口からネタばらしをしてくれるとは…。みるみる間に彼女の顔から血の気が引いていく。ああ、少しやりすぎたかな…


「…ええええ!?」


彼女の動揺の仕方がたまらなく面白い。見ていて笑いを堪えるのに必死になってしまう。


「あの変人で有名な皆川さん!?」


…変人ってのは知ってたんだ。


「どうも、変人で有名な皆川です」


「ど、ど、ど、どうして教えてくれなかったんですか!?た、た、た、大変しつ…失礼致しました…同じ警察署の…しかも、刑事さんだなんて…あわわわ…始末書ものの失態だ…ど、ど、どうしよう…」


そう自己紹介すると、彼女の目に涙が溜まっていく。本当にやりすぎてしまった…ここまで泣かせてしまうとは思いもしなかった。


「あ、皆川だ」


…この時ばかりは署長の登場が喜ばしいと思わずにはいられなかった。


「こんにちは、署長。今ね、パトカーに迎えに来てもらって戻って来たんっすよ…なんか、不審者扱いされてね。で、この飯田さんに同行を求められて…」


頭をポリポリ掻きむしりながら顛末を説明する。あくまで申し訳ない、という雰囲気を出しながら。


「署長、すみません…私、知らなくて…皆川さんを…」


グズグズと鼻を鳴らし、語尾に近づくにつれて涙声になっている。


「さっきの不審者通報はお前か?」


「自分は不審者と通報されるような立ち振る舞いはしていなかったつもりですが…ついハメを外して」


「ほう…それで、店員はお前さんを不審者だと通報したのか」


「まあ、そんなとこです」


「…別に正直に身分を明かして、手帳を見せれば済んだ話だと思うのだが」


それはそうだ。最初からそうしてれば、こんなことにはならない。


「飯田さんが可愛いくて、ついつい苛めてしまいました」


「飯田君」


「は、はい!」


「今回の件は、君は悪くない。羊羹を食べながら残りの仕事を済ませて帰りなさい」


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて…」


「あのなあ、皆川…今回の件は全面的にお前が悪い…今すぐ署長室まで来い。それと…」


「始末書ですね。今回は何枚書けば…」


「それも後でだ。悪かったな、飯田君。こんな奴が君みたいな子をだまくらかして、しかも勤務中に遊んで…」


「大丈夫です」


「何か変なことはされなかったか?」


「はい、それは大丈夫です」


「署長、さすがにしないですよ。俺こう見えても一応公務員なんで」


「公務員が…ましてや同じ組織で働いている人間を騙すなんて…そっちの方が今は問題だ、今から面談だ。いいな?」


「…わかりました」


「じゃあ、皆川さんの分と署長の分の羊羹は署長室まで持って行きますね。食べながらゆっくりお話ししててください」


…なんて要らない気遣いだ。


「わざわざ気を遣わせて悪いね。じゃあ、そうしてくると有難いな。ほら、皆川行くぞ…」


それから俺はというと、署長にこってり絞られた。ちなみに始末書は2枚で済んだ。それから、しっかりと飯田さんに謝り、何かの縁だし…ということでLINEを交換し、勤務後に飯を食いに行くまでの仲になった。



4.


「…という訳だ」


「結構事細かに話していただいて、ありがとうございます。にしても、性格悪すぎでしょ先輩…あと、先輩のコミュ力、すごいですね…」


「ありがとよ。しかし…可愛い子を見るとな、ついつい苛めたくなるってのが男の心理」


「あーはいはい…とにかくよかったですね、たまたま現場に来た警察官が同じ警察署の人で…」


「確かにな。他の署の奴なら面倒臭ぇことになってただろうな…」


絶対面倒臭いことになっていただろうと容易に想像がつく。それよりもまず、なぜ本屋に出向いて不審者扱いをされるのを覚悟で、ファッション雑誌を探していたのかが気になって仕方がない。


「じゃあ本題ですよ、どうして先輩は手当たり次第に雑誌を眺めていたんですか?」


「そりゃあ、今回の捜査のためだ」


「全く持って意味がわからないんですが…」


「加害者はな、被害者に女装させて一緒に生活していたんだ…言わば女の子として接していたんだ…」


「はい、それは供述調書に書いてあったので知っています。しかし…」


「どうして加害者はそうしたんだと思う?」


確かに…理由が分からない。別に普通の格好で生活させておけばいいはずだな、自然に考えれば。


「女性…女の子は、無抵抗・無力というイメージが頭の中にあったからかと…」


「違うんだな…まあ、100点満点中10点の答えだ」


「正解が気になります…」


「正解はな…加害者自身が性別学上は男なのに、母親から女として、女の格好…女装をさせられて、強要されて育てられたからだ…そうでなければ、母親は加害者のことを可愛いと思ったり、関心を持ったりしなかったそうだ…だから“アイツ”には自分自身の性別…性自認がはっきりしていない…同じことを被害者に強要して、女の子として生活していたんだ…そうしたら歪んだ愛情が芽生えてしまった…」


「だからと言って、雑誌を手当たり次第見る理由には繋がらないかと…」


「お前さ、身長何センチだ?」


「確か…165cmくらいだったかな…急ですよ?」


「了解。結構華奢だな…よく見たら目鼻立ちもキレイだな」


「まさか、先輩に限ってそんなムチャ振りはしないですよね…」


「おい、鳥井。臨床心理士ってクライアントに寄り添って物事を考えたり、捉えたりするんだろ?あと、共感もするんだろ?」


「あながち間違ってはいませんが…僕は嫌ですよ!?」


「何が不満なんだ?服だって、下着だってお前の好みで統一したし、ムダ毛処理の道具まで揃えた…やらないって選択肢はなしな?」


「先輩がしたらいいじゃないですか、女装!」


「39歳の183cmもある男が女装したら、気色悪いだろ?それよりは、童顔で華奢なお前の方が似合う。幸いにも、化粧映えする顔立ちだしな…」


「絶対嫌だ…嫌ですよ!」


「先輩命令だ…と言いたいが、令状の効力はまだある。令状通り、捜査に協力してもらうからな。じゃ、はいこれ…腕から下までムダ毛処理してきてくれ」


「はい!?」


「ブラジリアンワックスは痛いぞー…ちゃんとやり方をググってからやった方がいいかもな」


「なぜ、どうして女装を強要するんです?」


「捜査協力の一環だ。一旦自宅に帰って、剃って来い。後で隅々まで確認するからな」


「宴会か何かの余興じゃないんだから」


「一本も残さず剃って来いよ」


…わかりましたと言わざるを得ない状況じゃないか、これ。先輩だからと言って、ここまでさせるのはあんまりじゃないかと思うけど。


「わかりました。確かに僕は華奢ですし、童顔です…でも、ブラジリアンワックスまでは必要ないかなって思うんですが…」


「一応雰囲気」


「雰囲気?」


「女っぽくなってほしいし、そっちの方が女装への張り合いが出るだろ?」


「…意図がさっぱり…」


「要は、男だと股間のブツがはみ出すだろ?」


「はあ…」


「それは仕方ないにしても、毛の処理くらいは綺麗にできるだろ?そしたら下着姿も映える…」


「先輩…筋金入りですね…」


「褒めてくれてありがとよ」


「褒めてませんって。わかりました。じゃあ、ムダ毛だけ処理して戻って来ます。それで大丈夫ですか?てか、メイクは?」


「智薫子ちゃんがやるってさ。忙しかったら、俺がやるよ」


「女の子にやってもらった方が安心なんだけどな…だって先輩がやると、絶対変になる気がします」


「この俺様に不可能はない」


「あ、署長さん…ちょうどいいところに…」


「おう、鳥井くん。皆川の相手させて悪いね」


「助けてください!皆川先輩に女装させられそうなんです…」


「ほう…鳥井くんなら似合うんじゃないか?」


「へ?」


「ですよね、こいつ華奢だし童顔だし。絶対似合うって思うんですよ」


「すまないねえ…一応捜査協力って形だから付き合ってやってくれないか?」


まさかの後押しww


「わ、わかりました…」


最後のチャンスが…女装しなくてもいいチャンスが…


「じゃあ、よろしく頼んだよ。ちなみに、お披露目会をする時は呼んでね」


「わかってますよ、署長」


勝手に話が進んでるんですけど…てか、なぜ署長まで満面の笑みを浮かべてるんだ!?


「僕は仕事に戻るから、よろしくね」


署長は部屋から立ち去る。残された服と下着、ウィッグ、ムダ毛処理のグッズと先輩…俺は言葉を失い、酸欠になった魚のように口をパクパクさせることしかできない。


「…だそうだ、鳥井」


力なくうなだれると、ムダ毛処理グッズの入った袋を手渡される。まな板の上の鯉状態だ、この状況は避けることはできなくなった。もういい、やけくそだ。


「わかりました…じゃあ、2時間してから戻って来ます」


「物分りがいいな。待ってるからな」


ああ、男としてムダ毛処理をするなんて…腑に落ちなさすぎる。とにかく綺麗にしてから戻って来よう。




5.


―約2時間後


「戻りました」


「…んあ、おかえり。ちゃんと剃って来たか?」


あー…これ絶対昼寝してたやつだ。寝癖が付いてるし、顔に冊子の後まで付いてるし…ただ、寝て待っていたんだな。


「一応は…ブラジリアンワックスって痛いですね…あれを世の女性がやっているなんて、尊敬してしまいます。ムダ毛処理だって、しっかりやっているんだから…本当にすごい…」


「やっぱり痛かったか…ほんじゃあ、確かめるぞ」


「え?」


女装を早速始める、という認識でいいんだよな?


「今すぐ風呂場で裸になれ 」


いや、俺の説明聞いてたのかな、この人。お風呂で痛みに耐えながらムダ毛処理をして来たって言ったんだけどな…裸にならせてこれ以上何をさせようとしているんだ?


「だから、さっき剃って来ましたって…」


「剃り残してるところがないか確認するんだ。俺も裸になる。これで問題はないだろ?」


「十分問題ありますよ」


…先輩と一緒にお風呂とか、よくわからないシチュエーションだ。それが女の子なら、どれほど美味しいシチュエーションか…しかも、お互いに裸で体の隅々まで確認されて…出来すぎたいかがわしいビデオや漫画の展開みたいじゃないか、これ。


「…何を想像したんだ?」


「な、何もしてませんっ…それしないとどうしてもダメですか?」


「ダメだなあ」


完全にこの人は俺を苛めて楽しんでいる。困った人だ、思惑があってのこの状況なのは理解できるが、明らかに人選ミスだと思う。


「わかりました、お風呂に行きましょう…」

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