第4話 対峙
-閉鎖病棟にて
「先輩…」
「何だ?さっきから質問ばっかだな」
「本当に僕でよかったんですかね…」
この一週間、加害者がどんな人物像なのかを分析するのに時間を割いた。全容を把握するよりもまず、そこに重点を置いていた。ただ本当にこれが正しかったのか、分析が合致しているのかとても不安になってしまった。だからそんな言葉が口をついて出てしまった。
「この後に及んでどういう意味だ?」
…そういう反応をすれば当然そんな問いが返ってくるだろう。そんなことはわかりきっている。ただ、不安に駆られた自分を曝け出して、弱音を吐き出してスッキリしたかっただけ…
「あんな異常な殺し方をした人間と対峙して、僕は聞きたいことを聞き出せるのでしょうか…分析した人物像が合致しているのかどうか…それがずっと不安で、不安で…」
「…大丈夫だ…少なくとも俺は欲しい情報が端から聞き出せるなんて、思っちゃいねえよ」
飛び出たとんでも発言に、思わず目を丸くする。
「ただ、顔を見てどんな奴か…何を今考えてるのか、どんな精神状態なのか…それを見るだけでいい。他事は考えるな、それに徹しろ。全容から粗方はどんな人物像なのかは把握できただろ?」
「はい」
「それだけでいい、戸惑った様子は見せるな。ところで、お前演技は得意か?」
「一応、臨床心理士なので…」
「なら、臨床心理士の自分を出すな。一切出すな、曝け出すな。相手に漬け込まれたらお終いだからな。今からお前は、頭が空っぽの子どもになれ。面会室に入った瞬間から言語習得の過程にある、好奇心旺盛な子どもだ…わかったか?」
…あれ、臨床心理士という立場で来たはずなんだけどな。何故か“言語習得の過程にある、好奇心旺盛な子どもの演技をしろ”という指示を与えられるが、意図が全くわからず戸惑ってしまう。先輩の命令は絶対だ。だから力なく頷き、指示に従う。
「わかりました」
「あくまで、頭の中ではだ…立ち居振る舞いは大人のそれでいろ」
「はい」
…今から対峙が始まる。あくまで、俺は大人の皮を被った中身は子どもを演じきらねばならない。今までにやったことのない面会…面接方法だ。鼓動は高鳴り、動悸がする。喉元からせり上がり、口から心臓が飛び出してきそうな勢いだ。深呼吸をして、深く息を吸って…吐いてを繰り返す。ネガティヴな感情に負けそうになる、きっと先輩も同じ。何しろ12年前の事件の加害者に対峙しようとしているのだから。
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