第3話 歪み

1.


「ところで、先輩…」


「んあ?何だ?質問か?」


「デートってどこ行く予定なんですか?」


「動物園…かな…というと、語弊があるな。閉鎖病棟だ、あそこに行くんだ。今すぐにでも会いたいやつがいる」


「会いたいやつ…」


「とにかく、これを読めばわかる」


「先輩…これって…」


「資料だ、とにかく目を通しておいてくれ」


目の前にドサッと大量の書類やら、ファイル、DVD、写真の入ったアルバム、パソコンが置かれる。しかも、書類は段ボール二箱にもなる。


「大量ですね…」


「お前なら2、3日で読めるだろ」


「これだけの量をですか?」


「余裕じゃね?俺様は不眠不休で読んだがな」


「先輩と僕じゃ違いますよ」


「ある有名な先生の言葉があってな…」


「はい」


「諦めたらそこで試合終了ですよ、って言葉だ」


「素晴らしい言葉ですね、しかも漫画から引用してくるなんて」


「女の子を落とすのも、事件を解決するのも諦めたらその瞬間に終わりってことだ…まあ…この場合、デート前の下調べってやつだ。女の子とデートする時って、綿密にプランを練るだろ?」


「はい、確かに…」


「だから、相手を制するには相手のことを知るのと、プラン…戦略を練ることが重要だ。それをお前にもしておいてほしい。心理士の鳥井なら、できると思って頼み込んでるんだ…」


「わかりました。じゃあ、持ち帰って読みます…」


「あ、心配すんな。お前のお上様には“鳥井を少し借ります”って許可取ってるから安心しろ。ここに泊まり込んで読めばいい」


「僕のクライアントは!?」


「ああ、大丈夫だ。それもお上様に頼んで何とかしてもらったから」


「無駄な世話焼きありがとうございます」


「すげえだろ、俺。どこにでも顔が利くんだぜ?」


「…時々先輩の顔の広さが怖くなります」


「とにかく、俺も泊まり込む。何かわからないことや、ほしい資料があれば何でも言ってくれ。何とかするから」


そういう優しい面を時々見せられると、いつもの嫌な部分も憎々しい部分にも目を瞑ることができる。飴と鞭の使い分けが巧いというか、なんというか…。本当につくづく俺はドMなんじゃないか、なんて錯覚してしまう程に。そういいつつも、先輩のことは刑事として尊敬してるから、別に協力を拒む理由なんてないし。だから、先輩のお願いを無下にはしたくない。


…さあ、これからが長丁場だ。頑張って資料を読み込まなければ…





-数時間後


「ふう…結構疲れますね…」


日も傾き始め、ずっと資料とにらめっこしていた肩や頭が悲鳴を上げ始める。


「検査とかカウンセリングとかだって結構疲れるんでねえの?」


「それとはまた違った疲労感なんで…ああ、肩が痛い…しかも、お腹空いて来ました…そろそろ休憩がてら、晩御飯食べに行きましょうよ♪先輩に奢っていただく約束でしたし…」


「わかった。その前に、なぜお前にデートの誘いをしたのか、説明しないとな。だから時間を少しくれ」


「わかりました。なぜ僕だったんです?僕以上に優秀で、ベテランの先生方がたくさんいる中で、なぜ僕に白羽の矢が…」


「率直に言うとだな…頭が空っぽだからだ」


「へ?」


「いい意味で、先入観も偏見もないと判断したからだ。この事件にはそれを持っていない人間が必要だと俺自身が判断したから…」


「あとな…だいぶ複雑なんだ、この事件は…やっぱりあと5分だけ時間をくれ。簡潔に概要を説明する」


「わかりました。お腹空いてるんで早くしてくださいね…全く…」


「本題だが…まあ、この事件の被害者の殺され方が…とにかく全てが異常だったんだよ…常軌を逸してたんだ…取り敢えず、念の為、ゲロ袋と洗面器用意しておいたからな。吐きたくなったらそこに吐け」


「わかりました。配慮ありがとうございます…ご飯前なのに吐く前提になるような話なんですか?」


「話す内容が内容だからな。ちなみにグロ耐性はあるか?」


「ホラー映画とか観るんである程度は大丈夫かと…で、被害者は何歳なんですか?」


「被害者は12歳の男児…」


「遺体は見つかってるんですか?」


「いや、見つかっていない…正しくは跡形もない、と言っても過言ではない…」


「跡形もない、というと?」


「全部食われちまって、体液すら毛髪すら残っていない…血液は体内から全部吸い出されて、飲まれている。皮膚に至っては、全て剥いで乾燥させた上で炒めて調理して食べたらしい。ミミガーみてえだなあ…」


「跡形もないのに、どうやって身元を割り出したんですか?」


「奴は異常すぎるんだ…普通なら、証拠を残さないために記録なんてしないだろう?しかしなあ…奴は律儀に解体していく工程を記録していたんだ…すげえだろ?」


資料の中から押収したであろう、数々の写真を見せながら丁寧に説明してくれる先輩。刑事という仕事柄なのか、下手な外科医よりもグロテスクなものへの耐性はしっかりとついているらしい。渡された写真をまじまじと、1枚1枚丁寧に見ていく。…グロテスクすぎる、想像していた以上に。


「異常すぎて…言葉が…」


「あとは、警察が解体に使った道具であろうものを押収して、付着していたであろう加害者と被害者のDNAを分析してもらうために、科捜研に回して調べてもらった。それで身元は割れた…」


「てことは、肉や筋組織は…」


「これまた律儀に全て剥いで食べたそうだ…」


「想像しただけで吐き気が…」


「まだ続けるぞ…ゲロ袋いるか?」


「まだ我慢できます…続けてください…」


「脳も頭蓋骨をカチ割って、食ったそうだ…体の肉や筋組織はミンチにして調理したり、生で食べたりしたそうだ…他の体の部位も同じように…」


「骨は?いくら何でも骨くらいは…」


「ところが…骨なんかも電ノコを使って細かく切り分けて、それからすり鉢やミキサーで粉々に砕いて味付けして、ふりかけにしたり、飲み物に混ぜて飲ん…おい、大丈夫か?ほら、洗面器…」


「うっ…おえっ…」


あまりの狂気じみた遺体の処理方法に、胃液がせり上がる。独特の酸味を帯びた液体が口に広がり、思わず吐き気を催す。骨から髪まで律儀に食べてしまうとは…独占欲が強すぎる、執着心が強すぎる…はてまた、加害者は被害者に歪んだ愛情を向けていた…としか…


「聴いてても気持ち悪ぃよな、俺なんか1ヶ月くらい肉類食えなかったもん…ケン××キーとか、焼肉屋の看板見るだけでも…あと、肉屋だな。吊るされた肉とか、店のショーケースとか…っておい…」


半笑いで話す先輩の表情・声色・話すべてによって気分が悪くなり、血の気を失い、気絶してしまった。しかも自分の吐瀉物の入っている洗面器に顔を突っ込んだまま…




3.


「…気が付いたか」


ここは…ああ、話を聞いて、被害者の末路のあまりの凄惨さに体と頭が付いて行かなくて、嘔吐して気絶してしまったんだった…


「いきなり意識を失った時はビビったぞ…不本意ながら男を姫様抱っこして、シャワー室まで連れて行って…全身拭いて、髪まで洗って…」


「服まで変わってる…下着まで…」


「だって、さっきまでゲロまみれだったんだぞ…着替えまでさせてよお…男の下着姿なんて見たくもなかったわ…何か萎えちまったよ…あ、お前の息子標準サイズだったから安心しろよ!まあ、俺様の方がでけえけどな…」


「ありがとうございます…何だか申し訳ないです…」


「下ネタスルーするくらい、しょげるなよ。いつもの可愛い後輩らしくない。遺体を現場で見て泡吹いて倒れる奴もいるんだ、安心しろ。倒れて当然、ってドンと構えてろ。鳥井の本職は臨床心理士なんだからな…仕方ないんだよ、こう倒れちまうのは…な?」


「…そんな風に気を遣っていただいて…あれ、もう朝ですか?」


「そうだよ。倒れてからぐっすり眠ってたぞ…しかも、超可愛い寝顔だったぜ。…安心しろ、寝込みを襲ったりはしてないから。さすがにそこまで飢えてない」


「先輩って…」


「バイだよ。バイセクシャルだ、性別関係なく恋愛対象として見る部類の人間だ。だから、男女関係なく好きになれば関係は持つ。当然の如くお互い合意の上でな…」


「薄々は感じてましたけど、そうだったんですね」


「あれま、あまり驚かないんだな…結構驚かれるか、拒否られるかの反応しか見て来なかったからな…臨床心理士って職業柄、俺みたいな人種に慣れてるってのもあるのかね…」


「そういう訳じゃなく、別にバイセクシャルだろうと何だろうと、先輩は先輩ですし。その事実だけで人柄や今まで築いてきた関係性って変わらないじゃないですか?だから、受け入れますよ。先輩の個性なんだし、むしろ素敵だなって僕は思いますけど」


「やっぱり、いい奴だな…」


「今まで通りの関係で、それ以上になっても別に構わないので。だから、この先もずっと仕事は一緒にさせてください」


「ありがとな…鳥井みたいな奴が世の中にいてくれたら、生きやすいのになあ…」


「まあ、正直僕自身も変わり者ですし。やっぱりそういう考え方とか、物事の捉え方って少数派なんで叩かれまくりますけど。全く…ではないけど、あまり気にはしてませんよ?きっと理解してくれる、しようとしてくれる人は必ずいるから…ね、皆川先輩?」


「目覚めたての人間に…しかも、後輩に慰められるなんてなあ…ありがとさん。コンビニ行って何か買って来るけど、ぶっ倒れた昨日の今日だしスープとかゼリーとか、胃に優しいもの買ってくるから待ってろ」


「先輩に使いパシリさせるなんて悪いです…もう起きれるんで大丈…」


「ほら、言わんこっちゃない。たまには甘えてくれ、な?」


「わかりました…」


「不貞腐れるなよ、いつか借りは返してもらうからな。倍の利子付けて返せよ」


「はいはい、わかりました」


「じゃ、大人しく待ってろよ。間違っても資料読み出したら承知しねえからな」


「はいはい、わかりました」


「返事は1回」


「はい、わかりました」


…何だ、俺にオカンみたいとか言いつつ、自分もオカンみたいじゃないか。頭を撫でたり、ポンッとたたくのは反則だと思う。あれで落ちない人はきっといないだろう…俺は憎々しい部分ばかりを知っているから、落ちないことは確実だ。


そして、先輩の心遣いに感謝しつつ、昨晩の話を頭の中で整理する。要は、12歳の少年が惨い殺され方をしていたと。本来ならばあるはずの遺体が加害者に食べられて、跡形もないということ。…考えれば考える程、やっぱりしばらくは焼肉もケン××キーも食べられそうにないな。

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