第1話 箱庭

―閉鎖病棟受付にて


「すみません、本日約束していた刑事の皆川朝陽(みながわ あさひ)です。例の件で面会に…」


スッと警察手帳を出す様を見ていると、さっきの下世話な会話をしていた人とは全く思えない変貌ぶり。


「話は伺っています。あの、失礼ですがこの方は…」


受付の男の表情が少し固まる。やっぱり…予感は的中していた。何となく気まずそうな雰囲気を醸し出した男の顔に目をやる。


「僕は…」


その雰囲気を打開しようと、口を開くが…


「ああ、彼は新米の心理士の鳥井太陽(とりい たいよう)先生です。私の言わば助手という形で同伴してもらっています。私よりも犯罪心理の知識に長けているので、捜査の手伝いという形で来てもらっています。…今回は事前許可をいただいていますが、大丈夫でしょうか?」


…口の巧い人間は、嘘を吐くのが巧い。


「そういうことでしたら…こちらが病棟に入るためのカードキーです。あと、パスコードをメモしたものもお渡し致しますね。パスコードは安全管理上くれぐれも流出させないよう、お願い致します」


「ご丁寧にありがとうございます。では、入らせていただきます」


ピッとカードキーをかざし、病棟に入っていく。先輩の後に続いて行く。全面が白く、コンクリートでできた建物。歩くと革靴の踵がコツコツと当たり、その音が廊下中に響き渡る。無機質な空間に虚しく響き渡る音。


「…先輩、あんな大ボラ吹いて大丈夫ですか?後で始末書ものですよ?僕だって何言われるかわかったもんじゃ…」


小声でヒソヒソと先輩を責め立てる。実際は俺を同伴させるための許可など取っていないのだ。俺はいつだって彼の気まぐれや奇抜な発想にいつも付き合わされ、巻き込まれてしまう…


「大丈夫だ」


「は?」


もう、この人の根拠なき自信はどこから湧いてくるんだ?入口での先輩スイッチは既にシャットダウンし、平常運転に戻っていた。


「要はな、話が聴ければいいんだよ」


「ほう…」


「上が欲しいのは、ただそれだけだ。どんな手段でもいい、“アイツ”について知れるならいいんだよ。バカみたいだろ?」


「まあ、先輩の言うことは正論ですね」


「俺にはお前…鳥井太陽という奴隷…味方がいる。だから、どういう意図でどういう生い立ちで、あんなことをしたのか誰よりも綿密に分析できる…素晴らしいだろ?」


「先輩…僕のこと、奴隷とか言いませんでした?聞き間違えですかね…」


「間違いなく“味方”だと言ったはずだが…ま、俺様に不可能はないんだよ。そんぐらいのメンタリティーでいないと、やってけねえよ」


吐き捨てるように言い切る先輩。やっぱり、すごいぞこの人は。目的を果たすためには破天荒な手段も、犯罪ギリギリなことも厭わない。ある意味すごくて、ある意味危ない人だ…


「だから、頑張ってくれよ“鳥井先生”」


バシッと思いっきり背中を叩かれる。力が入りすぎて痛い。叩かれたところがジンジンする。


「何だか照れ臭いですね、先生って響き」


「始末書ものかどうかは、今からのお前の働きに掛かってるんだからなー♪さあ、俺の仕事はここまでだ」


「えっ!?刑事の仕事は?」


「今日は気が変わった。ここにお前を連れてくるのが俺の今日の仕事、以上。異論は?」


「多々ありますよ…もう、どこからどう突っ込んだらいいのか…」


タラタラと漏らしたい不満は山ほどあるが、今はとにかく仕事をしなければならない。


「…なあ、鳥井」


「何ですか?」


「お前、絶対ドMだろ?」


「いやいや…唐突すぎませんか?」


「そうやってテンパるってことは、当たってるんだな…」


「違います、ややMの間違いです」


あああ、また先輩の口車に乗せられて余計なことを吐き出してしまった。


「まあ、お前の性癖なんてどうでもいいや」


「じゃあ、今の前振りは何だったんです?」


「俺みたいな無茶振りをする奴に、よく付いて来れてるななんて素直に感心してるんだ。前にいた奴もその前にいた奴も、三日も経たずバックれてる…それに引き換え、お前は取り敢えず1年近くいる。余程のドMでなけりゃいられないだろう…なんて感心したんだよ、唐突にな」


先輩に今まで付いていた歴代の人が三日も経たずバックれてるのは、有名な話だ。俺も三日で逃げ出そうと思っていたが、逃げ出すのを諦めた…阻止されたと言った方が無難な気がするが。そのままズルズルとい続けている訳だ。


「お褒めに預かり光栄です」


「褒めてねえけどな…」


頭をポリポリと掻きながら言う。


「さあ、“アイツ”とご対面だ。覚悟はできてるか?」


先輩の『刑事』としてのスイッチが入る。先輩は準備万端なようだ。


「取り敢えずは出来てます」


口元を上げると、鋭い目付きに変わる。まるで獲物を狙う動物のように。


「…じゃあ、行くぞ」

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