第8話
遠くのほうで呼ぶ声がする。
「アサギ…」
懐かしくて温かいその声は、いつだって僕のそばにいた。
「まだ戻ってこないかい?」
どこか寂しさを孕んだその言葉に、僕の胸はぎゅっとなる。
この声を悲しませたくない。
この声の人を、安心させてあげたい。
だって僕はいつもこのぬくもりに抱かれてきたから。
このぬくもりがあるから、僕は僕でいられたんだ。
「気が済んだら、戻っておいで」
その人はそんな風に言う。
いつだって僕のことを一番に考えてくれていた。
何よりも僕の幸せを考えてくれていた。
僕のたった一人の家族。
今の僕は、静かな森の居心地の良さを知ってしまった。
何もなくて、すべてがそろっている場所。
ありのままの僕をまるごと引き受けてくれる場所。
そこにいたい、そんな思いもあるけれど。
でもきっと、僕の場所は森じゃない。
さあ帰ろう。僕を待ってくれている人のもとへ。
「ん…」
重い瞼をこじあける。
白い光が飛び込んできて、あまりのまぶしさに目を細めた。
かすむ視界に、懐かしい手が見える。
僕の頭をやさしく撫でる細い手。
「お、ばあちゃん…」
久しぶりに出した声はひどく掠れていたけれど、その人には届いたみたいだ。
「アサギ…」
大声で叫ぶでもなく、激しく泣くでもなく、ただ優しく微笑んだ。
「お帰り」
ああ、この声があるから僕は生きてるんだ。
いつでも僕を待ってくれる、温かい家族。
僕ね、静かで寂しくて、とてつもなく大きな森に居たんだよ。そこで大切な人に会って、大切なお話をして、大切なことを思い出したんだ。
たくさん、たくさん。
話したいことはあるけれど。
でも今は何よりもこの言葉を。
「ただいま、おばあちゃん」
静かな森の奥深く マフユフミ @winterday
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