第6話

クリーム色のカーテンの合間から光がこぼれる。

規則的な電子音だけが静かな部屋に響いている。

そんな部屋の中で、真っ白なシーツに包まれて、アサギは眠っていた。

その顔はおだやかで、体から出ている何本もの管や手足に巻かれた包帯さえなかったら、ただの健やかな昼寝のように見えるほどだ。

だがそれに反して、状況は穏やかではなかった。


事故に遭ってからもう7日。その間、アサギは一度も目覚めていない。


それはよくある交通事故だった。

日中はそんなに混雑することのない比較的広めの道路で、転がったボールを追いかけて飛び出した子どもにトラックが突っ込んできたのだった。

後に聞くと、すいた道に気をよくした運転手の不注意もあったらしい。

小さな子どもの影に気づき急ブレーキを踏んだ運転手が見たのは、子どもの反対側から飛び込んできた少年の姿。少年は子どもを歩道に突き飛ばしたあと、トラックに向かって両手を広げて立ち塞がったのだった。


枕に広がる柔らかな髪をそっと撫で、アサギの祖母はほっと息をついた。

事故の知らせを聞いたときは、心臓が止まるかと思った。駆け付けた病院で命に別状がないとわかった時は安心感から涙がとまらなかった。

それでも、足の骨折や打撲以外見受けられないといわれたはずのアサギは、いまだ彼女に向けて「大丈夫だよ」と笑いかけてはくれない。


一向に目覚めない大切な孫。

事故以降たくさん行われてきた検査、特に頭部に関してはCTからMRIまでできる限りのことをしたうえで大丈夫だと太鼓判を押されている。

そうなれば考えられる最後の原因は、精神的なものなのではないかというのが医師の見立てだった。

アサギの中に何らかの目覚めたくない理由があるのだろう。


アサギが何を思い、車の前に飛び出したのかは分からない。子どもを助けたいという思いは本物だったろう。ただ、きっとそれだけではないことを、彼女は感じていた。


たくさんの愛情を注いできた。

実の息子だと思って育ててきた。

それがアサギに伝わっていることも知っている。それでも、アサギはいつも危うかった。


何も聞かなかったのは、きっとアサギが何も言わないだろうと分かっていたからだ。昔から、人に心配や迷惑をかけることを極端に嫌っていた子だから、彼女が問いかけたところで口を閉ざすのは目に見えている。

それでも、と彼女は思う。

こんなことになるならば、無理矢理にでも口を割らせればよかった。

どんなに拒んでも、どんな手を使ってでも聞き出せばよかった。


こうなるまで、アサギはきっと独りで何もかもを抱えてきた。寂しいも辛いも何も言わず、ただ穏やかに彼女の体を案じ、静かな生活を乱さないように。

せめて自分にだけでも、乱れた心を見せてくれればよかったのに。

両手を広げ自分よりも成長した体をしっかり抱きしめてやったのに。


アサギがこのまま目覚めなかったら。そう考えただけで体が震える。

もう、何も失いたくないのだ。

愛する者を。人生をかけて守ろうと誓った存在を。

だから、彼女は思うのだ。

必ずアサギを取り戻してみせる、と。

眠りの中をさまよい続ける愛しい孫を、こちら側へと引き寄せてみせる、と。

たくさんの愛と思いを込めて、彼女はやさしく髪をなで続けるのだ。

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