第4話

それは16才の誕生日の日のこと。

アサギは母親のお墓参りに来ていた。

これは誕生日が命日であることを知ってから、欠かさず続けている習慣。

母の大好きだった白百合の花を携え足を進める。


あの日、叔母にヒトゴロシと罵られた日から、アサギは地味で無口な子供として成長していた。


祖母の愛は惜しみなく与えられていたし、祖母から聞く母の話はアサギの、ともすれば冷え切ってしまいそうな心をいつも温めていた。

それでも、どうしたって消えないのは自分がヒトゴロシである事実。

今日もまたアサギはひっそりと歩いている。


「おはよう、お母さん。また会いに来たよ」

墓石に向かって話しかける。

抜けるような青空に目をやりながら、ほんの少し微笑む。

「今日で僕は16才になりました。お母さんのおかげだよ」

アサギはそういうと、バケツの水を墓石にかけ、掃除を始めた。


山の中腹にあるこの霊園は、周りを自然に囲まれていて緑豊かな場所にある。

この豊かな土地で、母さんもゆっくり眠れているのだろう、そう思って目を細める。

自分をこの世界に産み落とし、そのために命を失った母。

なんとも言えない複雑な思いにとらわれながら、掃除の手を休めることはない。


「花を持ってきたんだ」

花束をかかげ、母に見せるようにする。

「もう一度水くんでくるね」

母の好きだった白百合を生けるため、バケツをもって水場へと急ぐ。

早く美しい百合の花を母に見せたい、その思いだけで戻ったアサギに聞こえた声。


「あらぁ、久しぶりねぇ、ヒトゴロシくん」

そこにはあの叔母が、酒に酔ったふらつく足で立っていた。


「…ごぶさたしています」

伏し目がちに挨拶を済ますと、叔母は何がうれしいのかイヒヒヒ、といやらしい笑い声をあげた。

「なーにおとなしそうな顔してんの。姉さん殺して、姉さんの遺産も母さんの遺産もぜーんぶ手に入れて、ウハウハなくせに~」

ぴとぴとと頬を叩いてくる手からそっと逃げながら、アサギは帰ることを決意する。

「僕もうお参り済ませましたので帰ります。失礼します」

白百合を生けられなかったなぁ、と場違いなことを考えながらそっとその場をあとにした。


自分のことをヒトゴロシと罵った相手を前に普通でいられるほど、アサギの神経は図太くはない。

叔母に会ったことは何も言わず、アサギの好物を用意して待ってくれている祖母のもとへ帰ろう。そうすれば、きっと今まで通りだから。

そんなアサギの思いは、一瞬のうちに崩れ去った。


「逃げなくていいじゃな~い」

酒臭い息を吐きながら、叔母がうしろから追いかけてきたのだ。

「逃げているわけでは…」

「じゃあ付き合ってよ~」

「いえ、用がありますのでこのへんで」

「私の言うことが聞けないって言うの?」

絡んでくる叔母は、強引にアサギの腕をつかむ。

「放してください」

アサギの言うことなど耳に入らないかのように、叔母は腕に爪を食い込ませる。

「いっ」

「一人前に、痛みは感じるのね」

ニヤニヤとアサギのほうを見ながら、叔母はさらに力を込める。

「やめてください」

痛みと嫌悪感から、アサギは腕を振り払った。


ただそれだけのことだった。

不幸だったのは、そこが長い石の階段の上だったことと、叔母が激しく酔っぱらっていたこと。


力を込めていた腕を振り払われた反動で、酔ってふらついていた体は簡単に階段へと投げ出された。

「えっ…」

まさかの事態にアサギの体は硬直した。助けなければ、そう思いながらも体は動かず、ただ石段を転がり落ちていく叔母の姿を見ていた。


そのあとのことは、もう何も覚えていない。

誰がどう動き、叔母の事故がどのように処理されたのか、アサギがどのようにその場から家へと帰されたのか。


たった一つ覚えているのは、やはり僕はヒトゴロシなのだ、と思ったことだった。


これが、アサギが2番目に人を殺した日の出来事。

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