第2話 

アサギが初めて人を殺したのは、生後2時間が過ぎたときだった。


大変な難産の末アサギをこの世に産み落とした母は、出血多量でこの世を去った。

それは不幸な出来事だった。事件でも事故でもなくて、誰を恨むこともできない類いの。

それでも、アサギの「ヒトゴロシ」としての人生は、そこから始まってしまったのだ。


3才の誕生日。

プレゼントとして大きなクマのぬいぐるみを祖母に託し、父親は出ていった。

アサギの父親は、アサギの母の死を受け入れられぬまま3年を過ごした。

わが子を産むために命を落とした妻。

それを思うと、どうしてもアサギを純粋に愛することができなかった。


親になる覚悟を持てないまま、たった一人取り残された気がして、そんな悲しい運命を背負っているのは自分だけだと思い込んで。

死んでしまった妻と自分自身だけが可哀想なのだと思っていた。


それがアサギをどれだけ独りにするのかも知らず。


父は酒におぼれ、遊びにおぼれた。

その中で知り合った水商売の女と行きずりの恋に落ちた。

日に日に死んだ妻の面影を宿していく息子と正面から向き合うことに恐怖を覚え、別の女に逃げた。

それがアサギ3才の誕生日にして、最愛だった妻の死から3年を迎えたその日だったのだ。


もちろんたった3才のアサギにそんなことは理解できるわけもなく。

ただ、自分の存在がどうしたって父を悲しませるものであるということだけは本能で察知していた。

だからこそ、パパにもう会えないということが寂しくて悲しくて仕方なかったけれど、泣いて喚いて縋って、ということができなかったのだ。

これできっとパパは楽になる。

自分と離れることがきっとパパの幸せになる。

そう自分に言い聞かせ、クマを抱きしめながらそっと笑ったのだった。


それからアサギは祖母の手一つで育てられた。

祖母は、アサギの心に秘めた哀しみを思い、きめ細かい愛情を常に注いできた。アサギも物分かりのよい子だった。

そんなやさしくて穏やかな日々に、アサギもやや大人しめながらもすくすく育っていったのだった。


そんな日常をぶち壊したのは、久しぶりの叔母の来訪だった。


叔母は、母の葬式以来会いにきたことはなかった。

もちろん生まれてすぐだったアサギに記憶はない。

今回も、彼女はアサギや祖母に会いたくてきたわけではなく、ただ単に金の無心に来ただけだった。


祖母もそんな叔母のことを良くは思っておらず、自然と対応も厳しくなる。

そして、思っていたほどの金額を得られなかった怒りを叔母はアサギにぶつけた。

「母さんはなんであんたにだけお金を使うのよ。あんたが姉さんを殺したくせに!このヒトゴロシ!!」


ヒトゴロシ。


そう叫ばれた瞬間、アサギの時は止まった。

自分が母の命を奪った。

自分がヒトゴロシだったんだ。


そう考えれば、今まで自分を取り巻いていたすべてを理解できた。

ママを写真でしか知らないのも。

パパともう会えないのも。

誕生日がただ楽しい日ではないことも。

そのきっかけを作ったのは自分だ。


紛れもない、ヒトゴロシの自分なのだ、と。

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