幸せって?
僕は 「生きる」
ということを諦めるしかなかった。
残された唯一の希望は心臓移植。
人っていうのは思っていた以上に脆い存在なのだと思い知らされるように真実が僕の心を病魔の様に蝕んでいった。
朝が来る度、僕は自分の胸に手を当て、自分自身が生きている証を確認してから一日を過ごす日々が続いた
僕が余命4ヶ月と宣告されてから何日たっただろうか?
もう何回も朝と夜を繰り返しているのにも関わらず、僕の親や親族が来ないことに痺れをきらした看護婦の方が僕にたずねてきた。
「優馬くんは、親御さんには伝えたの?自分から言うって言ったから任せたんだけど、これ以上、入院の事で親御さんとお話出来ないのはまずいんだけど…。」
そう、僕は、学校側から親族に電話してもらうのを拒否し、自らの言葉で伝えると言って全てを任せてもらった。
「すみません。僕、親いないんです。代わりに祖父母には電話したんですけど祖母が、今、体調を崩していて到底来られる状態ではないと言われました。それ以外はいないです。なんで、祖母の体調が戻ったら祖父母揃って来ると言っていました。」
元々、僕には「家族」と呼べる人はいない、心配をしてくれるのは田舎の祖父母位だ。
その祖父母も、もう2人とも70を過ぎようとしている老夫婦である。ここからは県をいくつも跨ぐので本当なら来るのも大変な距離、迷惑は掛けたくないから来て欲しくはないが、事が事なのでしかたがなかった。
ここまで言って、看護婦の人はというと聞いてはいけない事を聞いてしまって自分は無神経だ、と後悔の色を見せながら、小さく「ごめんなさいね」とだけ言って、顔も合わせず部屋を出ていってしまった。
別に気にはしないからそんなに考え込まなくても僕は大丈夫なんだが、まぁ、口うるさく言われず1人の時間が増えたことに違いはないから、静かに何も言わず見送った。
僕は立ち上がり個室部屋に取りつけてある窓から外の新緑を眺めて、あの時の事を思い出した。
僕の父は僕の病気が発症したであろう、小学校の頃会社の出張を期に音信不通となり後日離婚届と結婚指輪だけが家に届いた。
その頃、これといって夫婦が喧嘩をしていた訳では無いし、お金に困っていたという訳でもない。ただ思い当たるのはちょくちょく、父の帰りが遅くなっていたこと、それに母が疑念を持っていたことだった。後で知ったが結婚指輪と一緒に送られて来た手紙には知らない女の人の名前と謝罪の言葉が書かれていたらしい。
それから、僕の母は絶え間なく働きにでるようになった。父がいない分をどうにか埋めようと昼夜問わず働き、それでも、毎日のように家事をしご飯を作ってくれた。僕の前ではいつも優しく笑顔の母さんだった。
だからだろうか。僕はその裏に隠された母さんの異変に気づけなかった。
僕がそれに気づいたのは、父の事があってから、数ヶ月後、いつもの様に朝起きてきてまだ、母さんが起きてこなくて不思議に思い母さんの部屋に入った時、そこは当時の僕にとっては、もう地獄絵図のようだった。
薬の乱用の跡、壁にはたくさんの傷と、所々に血の跡、寝ている母の腕には自傷の痕が数え切れないほど、多分、母は、本当は忘れたかったんだと思った。
自分を置いて出ていった父のことを、そして、息子に隠して生きることをやめようとしている自分さえも。それを見た僕は、怖くて止めることが出来なかった。
そんな母は生前、死ぬ間際に、親の相続を一番可愛がっていた祖父母に移し、ずっと息子のために貯めていた貯金通帳を僕に渡して
「優真、ごめんね、こんな母さんで。
まだまだ貴方にはしてあげたい事がいっぱいあるのにね、でも、もう疲れたの
この世界に、この世界に生きている自分に」
やっぱりそうだったのかと思った
だからてっきり、別れの言葉ばかり言うと思っていた
だが、返ってきたのは僕の心とは裏腹に一心に息子の事を思う母の言葉だった
「だからやり直そうと思うの1から全部、そのために優真に寂しい思いをさせてしまうかもしれない。でも、大丈夫よ、優真がちゃんと大人になれるように頑張って貯めてきたお金があるから。こんな物しか残してあげられないけど、、、、いい、ちゃんと毎日ご飯食べるのよ、いっぱい食べて大きくなりなさい、、、毎日学校にいくのよ、勉強は、、1番じゃなくてもいいから頑張りなさい、、、友達は大切にするのよ、沢山作れとは言わないから信頼出来る親友を作るの、
優真、、、優真はちゃんと生きて、こんな世の中でも『幸せだ』と思えることを見つけなさい、、、、ごめんね、」
と言い残して。
だから僕はこう返した。
「大丈夫だよ母さん、分かってた!僕も母さんを止めてあげられなくてごめんね、、、
でも、こんな僕を母さんはここまで育ててくれて、僕の未来も考えてくれて、僕はもう、幸せだよ! 大丈夫、ちゃんと、いっぱい食べるよ、学校も行くよ、友達もいっぱい作るよ、、、、母さん、母さん、母さん、、、。
大好き ありがとう。 」
そう言った僕に母さんは今までで一番の笑顔で泣きながら僕を抱きしめてくれた。
(あったかかったなぁ)
数日後母さんは自殺した。
母がいなくなっても寂しいことはなかった、だって母はずっと僕を見守っていると信じたから。
僕はその時小学4年生だった。
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