死中に活あり

 望みを絶たれ、死神の鎌を振るわれ続ける中、ハルキはゆっくりと瞼を閉じた。


 父さん、母さん……。

 ノア……。

 ジーク……。

 ソフィアさん……。

 サミー……。

 アレクシオさん……。

 叔父さん……。

 アラタ……。

 カホ……。

 ヒロト……。

 ジュリアン……。

 デニス……。

 オスカルさん……。

 ヨハンさん……。

 リンドブルム……。

 足利さん……。

 リヤンさん……。

 蒼雪ツァンシュェさん……。

 桧川さん……。


 十年間をすごしたプラセンタでの思い出や、そこを出てこの戦いに至るまでが走馬燈のようによぎる中、多くを、そして、短くはあったがともにすごした彼らの顔が、脳裏に浮かんできていた。


「父さん、母さん、俺の弟になるはずだった子のためにも、頑張ろうってしたけど、結局、だめだったよ……」

「ハルキ、俺達はいつでもお前を見守っているぞ」

「ハルキ、あなたの弟と一緒に、応援しているわ」


「ノア……ごめんな、作戦の後で、なにか言いたいことがあったんだろうけど、聞いてやれなかったな……」

「ハルキ、諦めないで! 私が好きになったハルキは、いつだって、どれだけ挫けても負けなかったよ!」

 

「ジーク……俺、守れなかったよ」

「ハルキ、まだいけるぞ! 厳しい訓練の日々を思い出せ!」


「ソフィアさん……俺、やっぱりただの落ち零れでした……」

「違うわ。あなたは本当は強い人。まだ諦めるには早いんじゃない?」


「サミー、お前の仇、とってやれなかったよ……」

「ハルキお兄ちゃん、まだ終わってないよ! ピィと一緒に応援してるから!」

「ハルキ、頑張れ! ハルキ、頑張れ!」


「アレクシオさん……俺、やっぱり神様から見放されてるのかな……」

「神はいつでも、あなたを見守っていますよ。望みを捨てない者に、神は必ず祝福を与えます」


「叔父さん、俺、叔父さんの優しさに報いることができなかったよ……」

「挫けそうになることも時にはある。だけど、大事なのは、そこで諦めない心だ」


「アラタ……カホ……隠してたみたいだけど、知ってるぞ? お前ら、つき合ってたんだよな……」

「こんな時に何言ってんだ! もっときばれよ!」「ハルキ、またカレー食べたくないの!?」


「ヒロト……俺、やっぱり落ち零れだな……」

「違う、お前は十分に頑張ってる! この戦いに勝って、馬鹿にしてたあいつらを見返してやりたくないのか!?」


「ジュリアン……俺、やっぱり戦いに向いてなかったよ……」

「そうは思わないね。ハルキはよくやってるよ。だから、もう少し頑張ってみない?」


「デニス……もう裏バイトできなくなっちゃいそうだよ……」

「おい、そしたら俺がさぼれなくなるだろ!? なんか奢ってやるから、もうちょっと踏ん張れよ!」


「オスカルさん……せっかく整備してくれたのに、無駄にしちゃいました……」

「ジョシュアの力は、まだまだこんなもんじゃないぞ? まだやれることがあるだろ?」


「ヨハンさん……せっかく改造したリンドブルムをよこしてくれたのに、すいません……」

「勝て、俺はそう伝えたはずだ。諦めるな。どんな困難があっても、ブレイクスルーできない問題はない」


「リンドブルム……俺がふがいないばっかりに、お前にも、巻き添え喰らわせちまったな……ごめん……」

「ギャァア、ギャアッ!」


「足利さん……俺、こっちじゃあ、英雄になれませんでした……」

「諦めちゃなんねえよ! そんなんじゃあ、涼花を嫁にやれねえぞ!?」


「リヤンさん……俺もそろそろそっちにいくことになりそうです……」

「疲れるにはまだ早いんじゃないかな? 君にはまだ未来が残っている」


蒼雪ツァンシュェさん……あなたの犠牲を、無駄にしてしまいました……すいません……」

「春はまだ来ていないぞ? 私は早く春の訪れが見たい」 


「桧川さん……落ち零れな俺のこと、ずっと気にかけてくれていて、ありがとう……」

「ハルキ、まだ終わっちゃいない。勝負は諦めたらそこで負けなんだ。俺との稽古を思い出せ。『肉を切らせて--』」



 ハルキは、かっと目を見開いた。


 まだ、終われない。

 終わってなるものか。

 死中に活あり。

 まだ、やれることが残っていた。

 桧川さんは、あの時ああ言っていたじゃないか。

 剣道の極意。

 ずっと続けていたことには、意味があったんだ。

 ここでその成果を見せないと、いつ見せられるってんだ?


「ジョシュア、最後の力、見せてくれよ!」

 ハルキは呼びかけると、死神の鎌をジョシュアへと振るい続けるニース目がけて、電磁ソードを投げつけさせた。


 だが、難無くそれは払い落とされ、そのまま振るわれた死神の鎌が、ジョシュアの胴体へと深々と突き刺さった。


 それでいい。

 プロテクション・フィールドの機能をオフにしておいたのは、そうさせるためだ。

 落ち零れの意地ってやつを、天才なお前に見せてやる。



「かかったな!」

 ハルキは意気盛んに言い放つと、ジョシュアに、胴体に深々と突き刺さっている死神の鎌の柄と、それを握るニースの右手首を、がっしりと掴ませた。


「このまま――」


 しかし、その言葉を遮るように、ニースの額の『Ⅵ』が、さらなる輝きを放ったかと思うと、そこから、レーザー砲撃が放たれた。


 プロテクション・フィールドを解除しているジョシュアに、それを防ぐ手立てはない。

 そして、その向かう先は、ジョシュアの胸元にあるハルキが乗るコクピット――。


 だが、そのレーザー砲撃は、ハルキを貫きはしなかった。


「ギャァアア!」


 響き渡るリンドブルムの叫声。


 海の底に沈んだはずのエノシガイオスに乗っていたはずのリンドブルムが、どこからか飛来して二者の間に割って入り、レーザー砲撃を代わりにその身に浴び、レーザーの軌道をずらしていた。


 だが、ヨハンが改造を加え、レーザーの反射率の高い素材に張り替えていたとはいえ、その強烈な一撃を前に、その身が焼かれるのは避けられなかった。



 焦げつきながら海に墜落していくリンドブルムを見やりながら、ハルキは、


「お前の思い、無駄にはしないぞ! 喰らいやがれ、肉を切らせて、骨を断つ!」


 叫びながら、ブースターを全開にして、ニースもろとも、眼下に浮かぶ孤島へと、ジョシュアを高速で落下させて行った。

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