怒りの鉄槌


 直撃こそ回避したものの、右側の三枚をもがれ、片翼の悪魔となったニースを前に、ハルキとノアは歓喜していた。


「やったな、ノア!」

「うん、これで五分以上の戦いができるかも!」


 本来ある右側の翼を三枚とももがれた状態では、オート・バランサーの精度が落ちる。

 空中戦において、それは致命的とも言えるダメージのはずだ。

 いくら性能の面で勝っているとはいえ、その状態ではハンデ戦のようなもの。


 勝機が見えてきた。

 あいつに殺されていった皆の無念を晴らす時が、やって来たんだ。


 勢いづく二人の前で、ニースは、ただ静かに宙に浮かんでいる。


 それはただ、悔しさに打ち震えているだけ。


 そう思っていた。


 だが--。



 ニースが、おもむろに、その右手を、頭上に掲げた。


 突き立てた人差し指が差すのは、暗雲がたちこめた漆黒の夜空。


「なんのつもり……?」

 その不可解な行動に、ノアが怪訝に。


「一本とられたってでも言いたいんじゃないか?」

 冗談めかして答えるも、はたとあることに思い当たり、

「……いや、違う!」


 その人差し指が差す夜空の先にあるもの--それは、静止軌道上に浮かぶ対地攻撃衛星兵器サテライト・ウェポン--『怒りの日ディエス・イレ』。

 その禍々しい矛先が今、こちらへと向けられているのだとしたら――。



「やばい、ノア、逃げるぞ!」

 ハルキが叫ぶも、気づいた時には遅かった。


 ニースが、高々と掲げた右手の人差し指を、眼下の洋上に浮かぶエノシガイオス目がけて振り下ろした。


 同時に、夜空を覆う暗雲を割って、一筋の巨大な光の柱が、エノシガイオスへと突き立てられた。


「きゃああああっ!」

 轟くノアの悲鳴。


 『怒りの日ディエス・イレ』から放たれた爆撃は、エノシガイオスの船体の前半分を削りとっていた。


 光の柱に割られた海にできた巨大な渦が、その船体を欠けさせたガイオスを飲みこんで、海中に引き摺りこもうとする。



「ノアーーーー!」

 ハルキが、喉を枯らしながら絶叫する。


「ハルキ、世界を--」


 ノアの最期の言葉は、その途中でぷつりと遮断された。



 エノシガイオスは、荒れ狂う海の渦に飲みこまれ、その姿を消して行った。



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