夜の海


 甲板に出ると、そこにはジークがいた。海風に紫煙をくゆらせている。

 

 ハルキはその元に寄ると、

「ジーク、麗しのヴィマーナちゃんの調子はどうだった?」

 少しでも重い雰囲気を払おうと、軽い調子で声をかけるも、ジークは顔を俯かせたまま、なにも答えようとしない。その指に挟まれた煙草が、その長さに耐えきれず、ぽろりと灰を落とす。


「ジーク……?」

「ああ、悪い、ハルキか」

 やっとで気づいたらしく、顔をこちらへと向けた。


「どうかしたのか? なにか考えごとをしていたみたいだったけど」

「いや、ちょっとな。プラセンタのことが、気になってただけだ」

「そうか……」

 プラセンタのことは、あまり話題にはしたくない。なので、

「煙草、辞めたんじゃなかったのか?」

「そのつもりだったんだがな。どうしても一本吸いたくなっちまったんだよ」

 ジークは答えつつ、短くなった煙草を、懐からとりだした携帯灰皿シガレット・ケースでもみ消すと、

「ハルキ、一つ聞いておきたいことがあるんだが、いいか?」

「どうしたんだよ、あらたまって」

「お前、ノアのことどう思ってるんだ?」

「え……?」

 内心ドキリとさせられつつ、

「どうしたんだよ、急に」

「ノアが、お前のことを好きでいることくらい、鈍ちんなお前でも、とっくに気づいてるだろ?」


 そうかもしれない。いや、たぶんそうだろう。ただそれを認めてしまうと、これまでのノアとの関係性が別のなにかに変わってしまいそうで、それが怖くて気づかない振りをしていた。

 そこでも自分は逃げていたのだ。

 ノアの気持ちから目を背けて、友人としての関係を貫こうとしていた。


「もし、もしもだ。俺が作戦中に死んじまうことがあったとしたら、その時は、ノアのことは頼んだからな」

「死ぬだなんて……縁起でもないこと言うなよ」

「いいから、誓えよ」

 と拳を握って前に突き出した。

 いつにないジークの真剣さに、

「……分かった、誓うよ」

 答えつつ、握った拳を合わせると、ジークは途端笑顔になり、ハルキの肩に手をのせながら、

「ついでに、ノアを幸せにするってのも誓ってくれるといいんだがな」

「……結婚しろ、ってことか?」

「そうしてほしいところなんだがな。まあお前らはまだまだガキみたいなもんだから、ちょっと話が早いか。とりあえずは、明日の作戦を成功させてから、だな」

 言ってから、胸をドンと叩くと、

「さっきはああ言いはしたが、俺は死ぬつもりなんて毛頭ないからな。必ず買って、来年も戦友と坏を酌みかわす。そして、それは勝利の美酒になるんだ」

「ああ、きっとそうなるよ」


「男同士で、なに話してるの?」

 その声に二人がそちらを向くと、ノアが立っていた。


「ノア、もうだいじょうぶなのか?」

ハルキが心配そうに尋ねると、

「うん、いつまでもくよくよしててもしかたないから。心配かけてごめんね」

「そうか」


 空元気かもしれないが、今はそうしてもらうしかない。『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』には、ノアの存在が不可欠なのだから。


「それじゃあ、俺はそろそろ眠るよ」

 とジーク。

「お前達も、早めに寝ろよ。明日は最終決戦が待ってるんだからな」


 後ろ向きに手を振りながら、ジークが艦内に戻って行ってから、ノアが、

「ねえ、ハルキ、まだ迷ってるんじゃない?」


 ソフィアにも同じことを尋ねられた。やはり親子だと思った。


「少しは、な」

「それじゃあ、私が、迷いを断ち切るためのおまじないをしてあげる」

「おまじないって?」

「占いの本に書いてあったの。試してあげる」

「ノアに占いなんてできるのか?」

「いいから、目を閉じて。おまじないをかけてあげるから」

 促されて、しかたなく目を閉じた。


 と--。


 唇に、なにか柔らかく温かい感触を感じた。


 驚きに閉じていた瞼を、ぱちりと勢いよく開く。


「な、なにしたんだ?」

 唇を押さえながら狼狽えるハルキに、ノアは、

「おまじない。どう、効果あったでしょ?」

 満面の笑みを浮かべながら言うと、「それじゃあね、おやすみ」と軽やかな足どりで艦内に戻って行った。



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