【Episode:13】 ツァラトゥストラはかく語りき .-Thus Spoke Zarathustra-

咎人の哄笑


 潜水型の戦艦であるエノシガイオスは、人型ロボット兵器ジョシュアと、戦闘機アルツ・ヴィマーナをその内に抱えたまま、オーストラリア大陸西端の地中深くに広がるプラセンタの地下通路を抜け、大西洋深くの海溝の斜面に隠されて設えられたゲートから深海へと出ると、そのままゆっくりと海上へと浮上した。



「これで、敵さんの索敵範囲内に入ったってわけか」

 とジーク。


 三人は今、エノシガイオスのコントロール・ルームにいる。

 ジョシュアやアルツ・ヴィマーナのコクピットは、座席のシートや操縦桿のあるコンソールがある程度だが、ここは、コクピットを兼ね揃えた大型コンソールのある広々とした一室だ。

 操縦するのはノア一人とはいえ、普通の戦艦のコントロール・ルームとさほど変わらない。



「うん。『怒りの日ディエス・イレ』で爆撃できないくらいのスピードで進んではいるけど、いつ無人戦闘機部隊ヴァルチャーズが押し寄せてきてもおかしくないからね」

 と大型コンソールの前に座るノア。


 このコントロール・ルームからは、艦内に格納されているジョシュアとアルツ・ヴィマーナにすぐさま搭乗できるように、直通の通路が設けられている。敵が接近したとなれば、すぐさまそこを通ってそれぞれの機体に乗りこみ、出撃する。



「とりあえず、警戒しながら、要塞に向けて進もう」

 とハルキ。

 

 目的地であるシオンが一人いるという要塞は、グレナディーン諸島の一角にあるという。

 グレナディーン諸島は、カリブ海のウィンドワード諸島を形作る、大部分が珊瑚礁でできた諸島で、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』が起こる以前は、小アンティル諸島に位置する火山島のセントビンセント島と合わせて、セントビンセント・グレナディーンという一つの国家を成していた。


 そこへと向けて、仄かな月明かりだけが照らす大西洋上を、西へとエノシガイオスを航行させる中、コントロール・ルームに、ある通信が入ってきた。

 発信元は、プラセンタの世界再生機関リバース軍指令本部通信室となっている。


「指令本部からの入電か?」

 とジーク。


「うん、そうみたい」

 ノアが頷く。


「どういう用件なんだろうな?」

 とハルキ。


「もしかして、軍のやつらが、侵入して来たサーチ・アイをあらかた倒しちまったとかじゃないか?」

 ジークが楽観的に。


「そうだといいね。とりあえず、通信を開いてみるよ」


 ノアが受信ボタンを押すと、矩形の三次元立体映像ホロ・プロジェクションモニターが、大型コンソールの前に結ばれた。


 映し出された通信者は、黒髪のボブカットで、その切り揃えられた前髪の下に大ぶりなサングラスを嵌めた女性だった。

 ハルキはその容貌を見て、生前のデニスがあの時話していた、セキュリティ・ホールを視察していたというキャリアのことを思い浮かべた。


「あなたは?」

 知らない顔を前に、ノアが怪訝に問う。


 ボブカットの女性は、「ふふ」と含んだような笑みを零したかと思うと、髪を片手で握り、頭部から引き剥がした。

 カツラだった黒髪の下からは、編みこんでまとめられたアッシュブロンドが覗いている。


「美那川さん……?」

 ノアが怪訝に。

 モニターに映る通信室にいるのは、メサイア高校を転校したとされていた、元生徒会長の美那川サクヤだった。

「どうしてあなたが、指令本部に?」


「あなたたちは、本当に馬鹿ね」

 サクヤが、冷笑を浮かべながら嘲るように。

「私の真の姿は、『デア』の幹部。メサイアの生徒会長なんて、ただの仮初めにすぎなかったのに」


「あんたが黒幕だったのか!」

 ハルキが声を荒らげる。

「なんで、爆破テロなんて起こそうとするんだ!」


 問われたサクヤは、答えを返すことなく、おもむろに左手を掲げると、その甲の皮を剥いた。同じ色をした皮膚シールが貼られていたようだ。その下には、ICタグがのぞいている。


「そんな……美那川さんが、STH……?」

 ノアが驚きをまじえながら呟く。


「ええ、そうよ。私は人間を模して造られた人造人間アンドロイドなの。マスターは、『デア』。美那川・クリフォード・サクヤっていう名前も、プロフィールも、全部戸籍から偽造されたものにすぎない。あの時、合宿のサバイバル訓練の最中に、あなた達が助けたシンディっていう少女も、私の仲間で、同じSTHだったのよ?」

「あのシンディって子が……だったら、あの合宿所の爆破テロも……」

 騙されていたと知ったノアが、嘆くように。


「それで、お前らは、『デア』に命令されて、爆破テロなんてやってるってのか?」

 ハルキが問うと、

「そうね。だけどそれだけじゃない。これは、私自身の望みでもあるの。先程の問いに答えてあげましょうか。なんで壊すのかっていう問いだったわよね」

 サクヤは返すと、一言、

「この世界は、空虚だからよ」


「空しさを紛らわすために、人を殺すってのかよ! お前、STHのくせに、神様にでもなったつもりでいるのか!?」

 ジークが語気を強めながら突きつける。


「できそこないでしかない人間のくせに、威勢だけはご立派ね」

 サクヤは、蔑むような視線を送ると、

「神はとうに死んだ。そんな世界は、滅びた方がいい。回帰が必要なのよ。その回帰を招くのに相応しいのは、シオンだけ。超人である彼女は、己の血をもって記してくれる。その円環へと誘う最後の一頁を」


「そんなの、間違ってる!」

 ノアが力強く否定する。

 

「私は私の目標を目指す。私は私の道を行く。ためらう者、怠る者を私は飛び越そう。こうして私の行路は彼らの没落であるように」

 サクヤは、引用めいた言い方でその答えとした。


破局カタストロフィまで、じきになりました」

 そうサクヤに報告するのが届いてきた。その声は、デニスを殺した稲城シュウジの声だった。

「プラセンタを覆う防護壁アイギス・シールドは、残り一枚。もう一度の爆撃が行われれば、このプラセンタは、跡形もなく吹き飛ぶことでしょう。地上とをつなぐゲートもすべて閉じてロックをかけてあるので、誰も逃げ出すことさえかないません」


「そう、いよいよなのね」

 サクヤが、嬉しげに微笑む。


「ええ。とうとう来ましたね、この時が」


「そうね、長かったわ……」

 ここに至るまでを思うように、サクヤは瞼を閉じて顎を上げると、

「後は、一人にしてくれるかしら」


 シュウジは、「はい」と答えて、通信室を辞して行ったようだった。


     *


「……とうとう来たのね……この時が……」

 他に誰もいなくなったらしい通信室で、サクヤは、恍惚とした顔を浮かべながら、中空に向けて語りかけるように。


「美那川さん、逃げるんだ! あんたも爆撃に巻きこまれちまうぞ!」

「美那川さん!」

「美那川!」


 ハルキ、ノア、ジークが訴えを叫ぶも、サクヤはそれを無視して、

「これが私の朝だ。私の日が始まる。さあ、昇れ、昇ってこい。お前、偉大な正午よ」

 独白するように言うと、両手を大きく広げた。


「はははははははははははははははは!」


 途端、狂ったように呵々と笑い始める。


 ハルキ達が、言葉を失う。


 サクヤは、ひとしきり笑い、ふう、と息を吐くと、かっと目を見開き、


「ツァラトゥストラは、かく語りき!」


 叫ぶと同時に、スピーカーを割らんばかりの轟音が鳴ったかと思うと、通信が突然遮断され、モニターは砂嵐を流すだけとなった。

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