ソフィアとの別れ


 ジョシュアのコクピットに乗り、出撃の時を待つハルキの眼前に、矩形の三次元立体映像ホロ・プロジェクションモニターによる三つのウインドウが浮かび上がった。


 アルツ・ヴィマーナのコクピットに乗るジーク。

 エノシガイオスのコクピットに乗るノア。

 そのノアの母親であるソフィア。

 それぞれの上半身が映し出されている。


「皆、調子はどう?」

 ソフィアに尋ねられて、

「いつもどおりです」

 なるだけ落ち着いた声でハルキは答えた。

 実際のところは、緊張で足が震えているのだが。


「俺はいつでも絶好調ですよ」

 とジークが戯けたように。


「お母さんが、出撃の指揮をとるの?」

 とノア。


「そういうわけじゃないけど、事前にあなたたちと話したいことがあって、ちょっとだけ時間をもらったの。これでも私、それなりの権限は持ってるからね」

 ソフィアは答えると、

「初陣でいきなりこんな大きな作戦を任されるのは大きな重荷でしょうけど、頼れるのはあなたたちだけなの。プラセンタの――世界の未来は、あなたたちにかかっているわ。しっかりお願いね」

「でも、お母さん、--そのプラセンタの皆はどうするの? 敵にここのことはばれちゃってるし、サーチ・アイもたくさん襲って来てるんだよ?」

 ノアが不安げに。

 これまで誰にも尋ねなかったが、母親であるソフィアの前では、聞かずにはいられなくなったのだろう。


 ソフィアは、一旦瞼を閉じてから、ゆっくりと開くと、

「今は、前を向くことだけを考えて。ここのことは、私達に任せてくれればいいから」

「でも--」

「ソフィア、頑張ってね。お父さんと一緒に、いつまでも愛してるわ」

 ソフィアはノアから向けられる言葉を無視して、ノアとの通信を強制遮断した。



 ノアを映していたウインドウが閉じて、眼前に結ばれていたモニターのウインドウが、ジークのとソフィアのとの二つだけになった。


「ジーク、二人を頼んだわよ」

 ソフィアに言われて、ジークは、

「任しといてください。伊達に歳食っちゃいませんから」

「あなた、私より年下なのよ?」

 苦笑まじりに言われて、

「あ、すいません」

 と決まり悪そうに、こめかみをぽりぽりと掻く。


「詫びはいらないわ。作戦を成功させてくれたら、許してあげる」

 ソフィアは冗談めかして言うと、

「それじゃあ、ジーク、頑張ってね。後はハルキ君と二人で話したいから、あなたとの通信はこれで終えるわよ」

「ラジャー。このジークめにご期待あれ」

 ジークが、片腕を折って恭しげに頭を下げながら、その姿を消した。



 映し出されるのは一人だけになったソフィアが、

「ハルキ君、あなた、まだ迷いがあるわね」

「……ええ、正直、まだ迷いがあります」

「迷いは、決断を鈍らせるわ。ノアもそうだったけど、あの子は、その時が来れば気持ちの切り替えがちゃんとできる子。だけど、悪いけど、ハルキ君は、あの子程に器用にできていない」

「ええ、自分でもそう思っています」


 これまでずっと、落ちこぼれてばかりの人生だった。

 そんな落ち零れ歴の長い自分は、いざこうやって大役を任されることに慣れてはいない。

 自分以外にやれる者がいないのだからしょうがないことだが、ほんとうに自分なんかでいいのか、という思いがまだ残っている。

 いまさらポジティブになれと言われても、そう簡単にできるものでもない。


「だけどね、不器用な人間っていうのは、それだけ人間味があるってことでもあるの。亡くした夫--あなたの乗る機体にその名前を与えたジョシュアも、そういう人間だったわ」


 ジョシュア・ラティスフール--ロボット工学の権威にして、このハルキが乗る白亜の機体の生みの親であり、その名を与えた。

 妻であるソフィアとともに、天才と称された人物でもある。

 その天才が、自分と同じ不器用な人間だった、とは、どういうことなのか。


 ソフィアは、返らぬ過去を追憶するように、細めた目を持ち上げながら、

「あの人はね、人の心を痛い程理解できたの。だから、それで自分まで傷ついてしまうことが多くて、いつしか、最低限の関わりだけ残して、研究だけに没頭するようになった」

 言ってから、ハルキをまっすぐに見つめると、

「あなたも、そんなジョシュアと似ているところがある。自分が劣等感を抱えている分、弱い立場にいる人間の気持ちを理解してあげることができている」


 そういう風に言われたのは初めてだった。自分自身、ただ落ち零れってことで卑屈になっているだけで、その分周りを気づかってやれているとは思えていない。


「人間って、元来弱い生き物だからね。誰だって孤独を抱えているの。私だって、ノアだって、ジークだって、そして、あのシオンだって」


 これから立ち向かうべき相手であるシオンだが、ソフィアにとっては、一度家族として迎え入れた少女でもある。


「だから、救ってあげて、ハルキ君」

 ソフィアの顔つきが、より真剣みを帯びる。

「シオンを――そして、この世界を」


 と--。


 ビーッ、ビーッ!


 ソフィアを映す映像から、けたたましく鳴り響くアラートが届いてきた。

「主任、この研究所にも、サーチ・アイが襲って来たみたいです!」

 アラートにまじり、若い女性職員の声。あの時話をした新米研究員のロアナの声だ。


 ソフィアはその報告に、くっと唇を噛みしめながら、

「今は出撃が優先よ! ガイオスを格納庫からパージ! 送り出して!」


「ソフィアさん!」


 その名を叫ぶも、既にソフィアとの通信は遮断されていた。



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