来訪者

「悪い、誰かから電話みたいだ」

 少しばかり胸が高鳴っているのを鎮めながら、腕に嵌めた装身型携帯ウェアラブル・フォンを見やった。

 発信者は、デニスとなっている。いつも仕事をハルキに頼んで怠けている警備員だ。


 通話ボタンを押すと、装身型携帯ウェアラブル・フォン上の空間に、矩形の三次元立体映像ホロ・プロジェクションとして、監視室にいるデニスの姿が結ばれた。なにやら上機嫌らしく、にこにことしている。


「デニス、なんの用だ?」

「今日はめでたい日だからな。この幸せをお前と分かちあおうと思ってな。だけど、なんか不満そうだな」

「いや、別に。それで、めでたいっていうのは?」

「カジノで大勝ちしたんだよ。勝利の女神が、やっとのことで俺に微笑んでくれたんだ。ローンを完済してもあまりある程なんだぞ? お前にも今度、なにか奢ってやるからな」

「そんなくだらない話のせいで……」

 ノアが隣で呟くのが聞こえてきた。


「そういやあ、今日の昼に、このセキュリティ・ホールのエントランスで、えらいべっぴんさんを見かけてな。黒髪のボブカットでサングラスを嵌めてたから目許は見えなかったけど、すらっとしてて、女優さんかモデルみたいでな。もろに好みだったんだよ。職員のやつの話だと、視察に来たお偉方の一人で、SP達にとり囲まれてたから、よっぽどのキャリアかなんかなんだろうけど、あれが勝利の女神だったのかもしれないなあ」

「……話はそれだけ?」

「なんだ、つれないじゃないか」

 とデニスが目を眇めながら。


「別に」

「妙に不機嫌だな。どうかしたのか?」

 デニスが怪訝に尋ねたところで、装身型携帯ウェアラブル・フォン越しに、〈来客のようです〉と告げる合成音声が届いて来た。


「--お客さんか。プロフィールを出してくれ」

 デニスが命じると、


〈稲城シュウジ、十七歳、メサイア高校の二年生です。より詳細なデータが必要ですか?〉


「いや、いい」

 デニスは、人工知能AIに返してから、

「ハルキ、お前の高校の生徒みたいだぞ。知り合いか?」

「生徒会の書記役だよ。でもなんで稲城書記が、デニスなんかのところに?」

「なんかとはなんだ」

 デニスは不服そうに返すと、

「手に菓子折もってるみたいだな。差し入れか?」


     *


 程なく、菓子折を手に、稲城が警備室にやって来て、デニスの携帯モバイルからその声が届いてきた。

「お仕事いつもご苦労さまです。お土産を持ってきました。お気に召されるといいんですけど」

「気がきくね。でもどうしてまた俺に?」

「いえ、生徒会で、日頃このプラセンタの平和を守ってくれている警備の方にお礼をと話し合った結果でして」

 シュウジは答えると、

「どなたかとお電話中でしたか?」


「君の高校の生徒さ。ちょっとした知り合いでね。秋南ハルキっていうんだけど、知ってるか?」

「ええ、それはもう。彼は、ジョシュアの候補生カデッツの一人ですから」

「そうかい。だったら、話してみるか?」

「ええ、ぜひ。ですが、その前に、やるべきことを済ませてからにさせてもらいます」

「やることって--ぐはっ!」

 デニスが突然、言葉の途中で大きく呻いたかと思うと、手にしていた携帯モバイルが床に落ちたのか、モニターは床を映すだけとなった。


「デニス! どうしたんだ!」

 ハルキが呼びかけるも、デニスからは何も返ってこない。


「稲城、デニスになにがあったんだ?」

 シュウジに問いかけるも、答えは返ってこない。


「デニスさん、どうしちゃったの?」

 ノアが心配そうに。


「分からない……どういうことなんだ……?」



 ハルキ達が、デニスの身を案じていると、程なく、デニスの落とした携帯モバイルが拾い上げられたらしく、シュウジの顔がモニターに映し出された。


「やあ、秋南ハルキ君」

「デニスになにがあったんだ?」

「計画のために消えてもらったんだよ」

 シュウジは答えながら、一枚のICカードキーを掲げてみせた。

「これが必要だったんでね」


「消えてもらったって……まさか、お前がデニスを……」

 モニターを見るハルキが、憎しみに目を鋭くさせながら。


「そうだよ。これさえあれば、この陰気な穴蔵の蓋を開けてやることができるからね」

「そんなことしたら、ここのことがシオンにばれちまうだろ!」

 気色ばむハルキが、声を荒らげる。


「そうだよ。それが狙いだったんだ」

 シュウジは、いつもの泰然さでさらりと答えると、

「そして、それは既に済ました後。プラセンタは解放されたんだ。よかったね、これでやっとで穴蔵から出られるよ」


「なにが解放だ!」

「解放さ。くだらない束縛からの解放」

「お前の目的はなんなんだ!」

破局カタストロフィ、さ。すべてのね」

 シュウジは答えると、ちらりと横を向いてから、

「おっと、面白いことが起こってるね。君にもそれを見せてあげるよ」


 携帯モバイルをその前の椅子にでも置いたのか、監視モニターの映像が映し出された。


「あれは……」

 ハルキは驚きに目を剥いた。


 その監視映像には、ごつごつとした岩肌の間を歩くサミーが映し出されていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る