星空の下で

 ノアにつれられてやって来たのは、森の中にある小高い丘だった。

 緑の芝が一面に繁り、その眼下には、先程出て来た合宿所が見える。


「ここに座って、ちょっと話そうか」

 ノアは言うと、丘の上に立つ一本の欅の大木の幹に腰を下ろした。


 ハルキも、その隣に座る。


「綺麗な星空だね」

 ノアが、夜空に瞬く輝きを仰ぎ見ながら言った。

 それはただの疑似的アーティフィシャルなイミテーションでしかない輝きだというのは、ただの捻くれ者の見方でしかない。ノアのように素直に綺麗だと言える感性の方が、好ましいし、羨ましくも思える。


「今度の作戦、無事に終わって、またこうして星空を眺められるといいなあ」

「大丈夫だよ。ノアは天才なんだからな。それに、ジークもしらふでさえいれば頼りになる男だ」

「ううん」

 ノアは首を振ると、

「私は天才なんかじゃないよ。ただ器用ってだけ。本当の天才は、シオンみたいな子のこと」


「あいつは、世界を滅ぼしかけた大罪人なんだぞ?」

「それは確かに、そう。だけど、私、彼女のこと知ってるから、あまりそういう風に思えないんだ」


 ノアは、六歳の頃、半年間だけだが、同い年であるシオンと一緒に暮らしていたことがあった。その時の詳しい話を、ハルキはまだ聞いたことがない。


「シオンはね、すごく寂しい子だったんだ。他の人よりもとても頭がいいってだけで、大人たちに色々と利用されて、同級生達なんかからは、特別扱いされてるって疎まれてた」


 ソフィアの部下達も、同じようなことを言っていた。

 天才というものは、理解され難いために、人知れない孤独を抱えるという。人類至上最高の頭脳と言われたシオンであれば、尚更だっただろう。それは分かる。


「だからね、私の家に来た後も、寂しい思いは続いていたんだ。だからかな、公園に段ボールに入れられて捨てられていた子犬を拾って来たことがあったの」


 狂った大量殺戮者ジェノサイダーとなったシオンにも、子供らしい一面があったということか。


「お母さんは、その子犬を飼うことを許してくれたんだ。それで彼女が少しでも明るくなって、周りと打ち解けられるようになってくれれば、って。シオンはその時、初めて笑ったんだよ。よっぽど嬉しかったんだろうね。だけど--」

 ノアは顔を俯かせて声を翳らせながら、

「その子犬--『ニース』って名前をシオンはつけていたんだけど、そのニースが、突然いなくなっちゃったんだ」

「逃げたのか?」

「違う。近所の犬嫌いなおじさんが、目障りだからって、勝手に保健所に連れて行って、殺処分させちゃったんだ」

「そうだったのか……」

「そのことが分かった翌日の夜に、シオンは、私達になにも言わずに、家を出て行ったの。そして--」

 ノアは言葉を途中で切り、もう一度イミテーションの星空を仰ぎ見ると、

「シオンは今頃、本物の星空を眺めているのかなあ……」


 ノアはそれ以上何も言わず、夜の静寂に包まれたまま、しばらく沈黙が続いた。


「ねえ」

 ノアが顔を向けて口を開いた。

「ハルキは、今のプラセンタって、どう思う?」

「どうって?」

「『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』の後は、ずっと平和が続いてるでしょ? 『デア』の爆破テロとかは起こったりもしたけど、大きな争いとかが起こったわけじゃない」

「そうだな」

「そんな平和がこれからも続くんだったら、なにもわざわざ地上の世界をとり戻そうとする必要なんてないんじゃないかな、って思うことがあるんだ」

「それは俺も同じだよ」

「偽りの平和かもしれなくても?」

「本物なんてどこにもない。偽りであっても、それで幸せだったら、それでいい」

「……そう、かもしれないね……」

 ノアは思案げに曖昧な頷きを返すと、

「でも、今度の作戦は、決行されちゃうんだよね。私達がどう言ったところで、変えられることじゃない」

「だろうな」

「その作戦が終わったらさ……その……」

 ノアは、なにやら躊躇うように手をもみしだきながら、言葉を濁していたが、意を決したように、ハルキの手に自分の手を添えると、

「私と--」


 ノアが言いかけた時、それを遮るように、電子音が鳴った。


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