【Episode:10】 襲来 ― Onslaught ―

屋上の酒盛り

「またハルキがビリッケツか」

 手にしたカードを床に置きながら、ヒロトが面白くなさそうに言った。


「ジュース、ごちそうさま」

 ジュリアンがにっこりと笑みながら。


「ついてないなあ……」

 ハルキが、うなだれながら嘆く。


 合宿も六日目の最終日。すべての訓練カリキュラムを終え、午後九時をすぎた今、休憩時間がとられ、あとは就寝を待つばかり。

 その休憩時間に、三人はホールで、他の候補生カデッツ達にまじり、ポーカで遊んでいるところだ。

 落ち零れであるハルキは、そのカードゲームでも負け続き。生来、勝負運というものを持っていない。


 昨日のサバイバル訓練で、崖下に転げ落ちて倒れているところを発見し保護したシンディについては、合宿所に連れ帰り、後のことは教官達に任せた。

 明日の朝、この合宿所を離れて帰路に就くわけだが、その時、そのシンディも、マイクロバスに同乗させて、その後は、行政に身柄を預けるとのことだった。

 捨てられたSTHについては、その保護条例が敷かれているため、廃棄処分にされるなんてことはないだろう。

 新しいマスターが見つかるまで、きちんと面倒を見てもらえるはずだ。


「しょうがない、もう一戦やってやるか」

 とヒロトが床に散らばるカードをかき集める。


「いや、やめておくよ。これ以上ジュースを奢らせられると、裏バイトの稼ぎが全部なくなっちまうかもしれない」


 ハルキが答えたところで、ノアがやって来て、

「ハルキ、ちょっといいかな」

「どうしたんだ?」

「つき合って欲しいところがあるの」

「今じゃなきゃダメか?」

「うん、今じゃなきゃダメ」

「そうか」

 ハルキは答えると、「悪いけど、俺はちょっと抜けるよ」と一緒に遊んでいた二人に断ってから、ノアと一緒に大ホールを出た。

 

 背中に向けられる他の候補生カデッツ達からの冷やかしが、くすぐったかった。


     *


 ノアに連れられて、合宿所の屋上に上がると、そこには先客がいた。

 昼間にさんざんしごかれた鬼教官のジークだ。

 琥珀色の液体が注がれたグラスを手にしている。傍らには、ウイスキーのボトルと、もう一つ空のグラスが置かれている。


 ノアはその傍に寄ると、不満げに、

「ジーク、こんなところでなにしてるの?」


「いちゃあ悪いのか?」

 頬を赤く染めたジークが言い返す。


「私達には水だけ飲ませておいて、自分は星空の下でお酒なんて、いいご身分ですねー」


「今日は特別だ。年に一度の、戦友と一緒に坏をかわす日だからな」


 ジークは、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』が起こって、ここプラセンタへと逃げ延びる前は、世界人類共同体ユニオンが擁する軍隊の兵士で、戦闘機パイロットだった。

 戦友というのは、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』で戦闘機に乗ったまま爆撃に飲まれてしまったという今は亡き同僚だった友人のことだろう。


「お前らこそ、こんなところになにしに来たんだ? 候補生カデッツは、ホールですごさないといけない決まりなはずだぞ?」

「それは……」

 尋ねられたノアが、ハルキを見やりながら、身体をもじもじとさせる。


「……まあいい。俺はここでまだ友人と話すことがあるからな。もうすぐ就寝時間なんだし、お前ら子供は早く戻って寝ろ。勝手に外に出るなんて真似だけはするなよ」

 ジークは言うと、懐から鍵をとり出して、それをハルキへと放った。


 宙を滑り落ちる鍵を受けとったハルキは、

「これって……」


「ほら、早く行け。青春は、待っちゃあくれないぞ」

 ジークは言うと、片目を瞑ってウインクしてみせた。


 強面のジークがそうするのに、思わずハルキとノアが、ぷっ、と二人して吹き出す。


「……なにがおかしいってんだ?」

 ジークが不服そうに眉をひそめる。


「ありがと、ジーク」

 そう言って手をとったノアにつれられて、二人で屋上を出た。


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