倒れ伏す少女

「いつ熊に襲われてもいいように、慎重に進めよ」

 レーザー・ガンを構えながら、夜の闇に沈む鬱蒼とした森の中、荒れた獣道を進むヒロトが、後ろに続く二人に注意を促した。


「……ねえ、もう戻らない? どうせリスかなにかだったんだよ」

 ハルキの背に隠れるようにして進むジュリアンが、不安を滲ませながら。


「いや、念のためにもう少し進んでみよう」

 とハルキ。

「もし熊が出るんだとしたら、そのままにして眠るのは危険だ」



 しばらくそのまま進むと、小道の途切れた先の崖下に、誰かが仰向けに倒れているのを見つけた。


「おい、誰か倒れてるぞ!」

 ヒロトは叫びながら、その元へと駆け寄ると、

「おい、大丈夫か!?」


「女の子、みたいだね……」

 ヒロトの後ろからのぞきこむようにしながら、ジュリアンが心配そうに。


 栗色の髪をした、ハルキ達と同年代くらいに思える少女だった。着ているシャツやズボンは砂や土で汚れ、覗いている腕には擦り傷ができている。


「この崖から滑り落ちたのか……」

 とハルキが急峻な崖を見上げる。

 倒れている少女の傍には、崖上で足を滑らせた時に崩れたと思われる土砂が散らばっていた。


「おい、この子の左手を見て見ろよ」

 ヒロトに言われて、ハルキは、倒れている少女の左手へと目をやった。


「もしかして、STH……?」


 その左手の甲には、埋めこまれたICタグがのぞいていた。


と--。


「うーん……」と栗色の髪の少女が、唸りながら身を捩らせたかと思うと、ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。


     *


 キャンプしている河原で、たき火を囲みながら、シンディと名乗った人造人間アンドロイドである少女は、ハルキが淹れた珈琲を飲みながら、三人に事情を説明した。


「私、この近くの森の中にある一軒家に住むご主人様マスターの元で、家政婦として仕えていたSTHなんです。ですけど、屋敷を掃除中に、骨董品蒐集を趣味としているご主人様マスターが一番大事にしている高価な壺を割ってしまって……それで、『お前みたいな仕えないSTHはすぐに出て行け!』って追い出されてしまったんです……」

 涙ぐみながら、シンディが語った。


「それで、森の中を彷徨い歩いている内に、誤って崖下に転げ落ちてしまったってわけだ。大変だったな」

 ヒロトが、その心情を慮るようにしながら。


「君のご主人様マスターも、それくらいのことで怒らなくてもいいのに」

 とジュリアンも親身になりながら。


「いえ、所詮私はSTHですから。使えないと判断されたら、捨てられて当然です」


「そう自分を卑下する必要はないんじゃないか」

 とハルキ。

「どんなやつにだって、存在価値ってやつがあるんだからさ」


 常に劣等感に苛まれている自分が言っても説得力がないような気もしたが、彼女を少しでも慰めることができるなら、この際それは置いておこう。


「ありがとうございます」

 シンディが、深々と頭を下げる。


「さて、彼女の事情も分かったことだし、今日のところはとりあえず寝るか」

 とヒロトが身体を伸ばしながら。


「このテントで一緒に寝てもらうしかないな。あまり気が向かないだろうけど」

 とハルキ。


「いえ、そんなことはありません。ありがたくご一緒させていただきます」



 寝袋は三つしかなかったが、ハルキが、自分は見張りをしているからと自分の分をシンディに譲った。

 彼女は何度も遠慮しながらも、ハルキに強く勧められて、躊躇いつつも、言われた通りにそれに包まって眠った。



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