夜更けの道場

 夜も更けて、午後九時を少しすぎた頃。


 ハルキは、自宅近くにある剣道の道場で、板張りの試合場コートに、防具を嵌めて竹刀を構えて立ちながら、同じように防具を嵌めて竹刀を構える兄弟子であるソウイチと対峙していた。


 稽古試合。傍らで審判を務めているのは、道場の師範である初老の男性。

 ルールは、通常なら三本勝負なところを、稽古試合であるため、一本勝負。五分という時間の中で、先に一本をとった方が勝者となる。


 試合が始まって、既に二分がすぎようとしていた。

 ハルキは先程から、中段の構えからの面を連続して放っていた。

 ソウイチは下段の構えで、身をかわしたり受け流しつつの防戦一方。


 今日はなんだか調子がいい。ソウイチは夕方の稽古中に、弟弟子達と連戦していた時の疲れが出ているのか、動きにいつもの鋭敏さが感じられない。

 もしかすると、初めてソウイチに勝てるかもしれない。


 攻勢に出る中、ここが勝機だと感じたハルキは、勝負を決める一撃を放つことにした。


 一度、それまでの連撃と同じく面を打つようなフェイントを見せてから、瞬時に切り替え、小手一面。


 そうと決めると、足をさばいて一気に踏みこみ、

「てぃやぁああああっ!」

 気合いのかけ声とともに、すべてを注いだ、気・剣・体一致の打突を放った。



「一本! それまで!」


 師範の声が、道場に響き渡る。


 だが、一本を奪い勝負に勝ったのは、ハルキではなくソウイチの方だった。

 ソウイチは、ハルキが勢いよく放った小手を小手返しで払い、そのまま胴を打ちこんでいた。


     *


 試合場コートの方形から出て、膝を折って悔しがるハルキの元に、勝者であるソウイチが、面を外してゆっくりと近くと、にっこりと笑みを向けながら、

「『肉を斬らせて骨を断つ』--剣道の極意だからな」

「誘っていただけなんですね」

 浅はかだった。ただ相手の術中にはめられていただけ。勝てるかもしれないと思った自分が、恥ずかしい。


「だけど、だいぶ成長したよ。最後の小手は気迫がこもっていた。俺もうかうかしてられないな」


 敵わないな……。


 剣道でも、候補生としても、なにより、人として。


 改めて痛感させられるとともに、


 この人になら、世界を託しても大丈夫だ--そう思った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る