敵からのメッセージ

 ハルキは、五階にある休憩所のベンチに一人座って缶珈琲を飲んでいた。

 ノアは今、ソフィアと一緒に館内を見て回っている。 

 二人きりにさせているのは、普段自宅でも会えないことが多い二人だから、どうせなら親子水入らずの方がいいだろうと、ハルキなりに配慮してのことだ。

 

 飲み干して空になった缶珈琲を、傍で電子音を鳴らしながらうろついていたゴミ回収機オート・クリーナーに放ったところで、他に誰もいなかった休憩所に、二人の職員がやって来た。

 先程研究室で一緒だった、ソフィアの部下であるジョンとロアナだ。


 その二人は、ハルキがいるのを見て、傍にやって来ると、

「ハルキ君だったよな」

 ジョンが声を向け、「隣、座らせてもらうぞ」とベンチの隣に腰かけた。


「私もね」と新米女性もその隣に添う。


「ハルキ君は、明後日から夏合宿なんだよな?」

 ジョンに尋ねられて、

「はい。一応これでもジョシュアの候補生カデッツなんで」

「うん、世界の命運を握る候補生カデッツの合宿だからな。頑張ってもらわないといかん」


「ノアちゃんも、あんなに可愛くていい子なのに、候補生カデッツなんですよね?」

 とロアナ。

「あの巨大な戦艦ガイオスを一人で操れる天才だからな。今度の作戦でも、彼女が背負う役割は大きいだろうな」

「それで、ソフィアさん、ちょっと元気がなかったんでしょうか。ノアちゃんが優秀なのか分かりますけど、やっぱり、可愛い一人娘を危険な目に遭わせたくはないんじゃないって気持ちがあるんじゃないでしょうか」

「それは当然そうだろうな。俺にも大学生になる息子がいるが、親元を離れての一人暮らしってだけでも、やっぱり心配になるもんさ。仕送りが足りないだのなんだの文句を言われることがあっても、いつまでも子供だって思っちまうのが親心ってもんだ」

「そういうものですか」

「まだ大学の院を出たばかりの青二才なお前には分からんよ」

「どうせ私は未熟者です」

 ロアナが拗ねたように。

「そう気を悪くするな、冗談だ、冗談」

 とジョンはその肩をぽんぽんと叩くと、苦々しげな顔になって、

「主任が娘を思う気持ちもあるだろうけど、一番の原因はあれだよ。世界を壊したガキが、定期的に送ってくる、例のメッセージだ」


 世界を壊したガキとは、シオンのことだろう。

 対地攻撃衛星兵器サテライト・ウェポンである『怒りの日ディエス・イレ』により、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』を引き起こし、世界を壊滅状態に追いやったシオンは、生き残った者達の行方を追い続けている。

 世界中に放っているサーチ・アイや、監視衛星であるプロビデンス・アイなどを使い、くまなく探っているのだ。

 だが、このプラセンタは地中深くにあるジオ・フロントなので、まだ見つからずに済んでいる。


 そんなシオンは、定期的に通信電波で拡散させているメッセージがあるという。

 それを、ここプラセンタで傍受していと、警備員のデニスからも聞いていた。


〈Where are you? Please tell me!〉


 『あなたたちがどこにいるのか、教えて欲しい』――。


 シオンは何度もそう尋ねかけている。


 遊んでいるのだ、シオンは。

 まるで、幼児が隠れんぼをするかのように。

 鬼となって、いつまでも、隠れ潜んでいる自分達を探し続けている。


 それ以外にも、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』がどのようにして起こったのかなどを記したメッセージなどが添えられていることもあったらしいし、特に意味のない独り言のような文面もあったりで、その内容は多岐に渡っているとのことだった。



「そのメッセージを送り続けているシオンって、いったいどんなやつなんですか?」

 ロアナが尋ねた。


「お前は新人だから知らないだろうけどな。調子にのって、ばかすか地上を爆撃し続けてるそのシオンってガキは、主任の元教え子なんだよ」

「ええっ!」

 ロアナが、思わずというように驚きに目を丸くした。


「驚くのも無理はないけどな。それが事実なんだ。シオンは、六歳の頃にMITで博士号をとった後、主任が務めていた研究機関に入って来たんだが、事故で両親を亡くしたばかりでな。だから、主任が自宅で引きとって世話することになったんだ」


 その話は、ノアから聞いたことがある。

 シオンと同い年だったノアは、そのシオンが家にやって来るまでは、姉妹ができるって楽しみにしていたらしいが--。


「だが、シオンは、主任にもノアちゃんにも心を開こうとしなかった。そして、半年後に家を飛び出て、いつしか『Torarトーラー』なんていう馬鹿な地下組織の一員になっちまってたんだ」

「両親を亡くしてしまった悲しみからでしょうか……それとも、天才であることで孤独を抱えていたとか……」

 ロアナが、その心情を慮るように呟く。


「まだ六歳かそこらの少女だったわけだからな。そりゃあ、人知れず抱える悩みもあったろうさ。だけどな、だからって許されることじゃない。どういう過去があったからって、それで世界を終わらせていい道理なんてあるはずがないんだ」

「それはそうですけど……」

「一時期だけでも、そのシオンを世話していたことがあったから、主任は、そうなったのは自分にも責任があるって感じてるんだよ。ああ見えて、人一倍責任感が強い人だからな」


     *


 ジョンとロアナと休憩所で別れて、ハルキが研究室に戻ると、室内には、ソフィア一人しかいなかった。

 ノアは他の職員とどこかへ行ってしまったんだろうか。


 そのソフィアは、こちらに背を向けてデスクの前に座りながら、その前に、矩形の三次元立体映像ホロ・プロジェクションモニターを投影させていた。


 そこに結ばれているのは、この地下空間であるジオ・フロントからは、遙か天上に離れた、宇宙空間の静止軌道上に浮かぶ、逆十字インバ―テッド・クロス

 『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』を引き起こした対地攻撃衛星兵器サテライト・ウェポン--『怒りの日ディエス・イレ』。



 眼前に投影されたその禍々しい姿を憂うように見やりながら、ソフィアが呟くのが聞こえた。


「シオン、あなたは、なににそんなに怒っているの……?」


 疑問に答えるものは、誰もいない。

 シオンは、その制御下にある『怒りの日ディエス・イレ』の矛先を、ハルキ達のいる地上へと向けながら、爆撃を続けるだけ--。

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