羊飼いのリヤン

 地上にもまだ、生き残りがいた。

 どういう理由でかは分からないが、姿を消していたおかげで、サーチ・アイに見つかることもなく、これまで生き延びていられたんだろう。


 これまで外の世界には、もう人間は一人も生き残っていないと考えられていた。

 その事実が覆ったのだ。

 それは、地中深くのプラセンタの中で隠れて生きるハルキ達にとって、垣間見えた一つの希望でもある。


 そうと分かってすぐに、これは一大事だと、ハルキはデニスに連絡をとった。

 近くのカジノでギャンブルに呆けていたデニスは、その知らせを受けて、飛び上がるように驚きを見せた。

 そして、すぐさま上層部に連絡をとろうとしたが、そうしてしまうと、自分がさぼっていたことがばれてしまうからと、そうするのを止め、とりあえず自分の目で確かめてからだと、ハルキのいる監視室へと急いで戻って来た。


     *


「それで、例の羊飼いは、どこにいるんだ?」

 監視室へ駆け戻って来たデニスが、息急ききりながら、コンソールの前に座るハルキに尋ねた。


 『羊飼い』というのは、ハルキがつけた、革製のローブを身にまとった謎の青年の仮の呼び名だ。


「今、そこに、ビーを飛ばしてる」

 コンソールの前に座るハルキが答える。


 『ビー』とは、プラセンタの外を、遠隔操作で監視・偵察するための機械装置だ。その身は小さく、一見したところ、羽虫のようにしか思えない。ナノ・マイクロ技術が生んだ英知の結晶。


 コンソールの前には、矩形の三次元立体映像ホロ・プロジェクションモニターにより、そのビーが映している映像が結ばれている。

 今、羊飼いが消えていった岩肌に空いた洞穴の中に、その身を舞い入らせたところだ。


 うねるように蛇行する狭い洞穴の中をしばらく進み、その奥の突き当たりに来たところで、岩肌に身を預けるようにして腰を据える羊飼いの姿が映し出された。


「それじゃあ、話しかけてみるよ」

 とハルキ。

「ああ、相手は何者か分からない。慎重にな」

 頷きを返すと、ごくりと唾を飲みこみながら、マイクに向かって、

「そこのあなた、驚かずに聞いてください。この蜂みたいにあなたの前を飛んでいるのは、ビーという機械装置です。僕はそれを使って、そこの近くの地中深くに広がるプラセンタという施設から、あなたを見ています。こうして会話をすることもできます」


 ハルキが丁寧な口調で言うと、羊飼いは、ビーへと向けていた顔をにこりと綻ばせながら、

「そう。誰かと会話するのは久しぶりだよ。直に会えないのが残念だね」

 と別段驚くようすもなく、答えた。まるで古い友人と再会したかのような口ぶり。


「あなたは何者なんですか?」


 ハルキが質問を投げかけると、

「僕の名前はリヤン。このオーストラリア生まれの……」

 思案げに首を捻ってから、

「たぶん、もうすぐ二十三歳になるのかな? カレンダーとか見てないから、よく分からないんだ。旅の最初の頃は、毎日日記をつけてたんだけど、もう紙が残っていなくてね」

 と懐から、その日記帳と思われる色あせた紙の束をとり出してみせた。


「お前が生きてるってことは、他にも生き残りがいるのか?」


 デニスが尋ねると、リヤンは、「うーん」と思案げに唸りながら、

「いないと思うよ。これまでの旅の中で、誰かに会うことなんて一度もなかったからね。皆、爆撃に遭うか、あのふわふわ浮かんでる目玉みたいなのに殺されてしまったんだと思う。ひどいやつらだよね。僕は目の前で、あいつらに、可愛い兎さんがレーザーで撃ち殺されるのを見させられたことがあるよ」

「どうしてあなたは、そのサーチ・アイに殺されずに今までやってこれたんですか?」

「そいつらにこれまでやられないでいられた理由は、これさ」

 と革製のローブの端を摘まんで開き、中に着ている薄手のジャケットをのぞかせてみせた。カーキ色をした、一見、普通のカジュアルなものにしか見えない。

「これは、ある企業に勤めていた僕のお父さんが開発していた光学迷彩OCジャケットなんだ」

光学迷彩OC機能つき、か……噂に聞いたことはあったが、実現されていたんだな」

 とデニスが関心を示すように。

「そいつを使ってたおかげで、今まで、サーチ・アイから逃れることができてたってわけだ」


「うん、そう」

 リヤンはこくりと頷きを返すと、

「試作品だけど、それでも、世界で初めて、光学迷彩OC機能を実現させたジャケット」


「それをどうしてあなたが?」

 ハルキが尋ねると、

「僕が十三歳の頃に、お父さんが仕事で開発していたこのジャケットを自宅に持ち帰って来たことがあったんだけど、僕はそれを知らずに、格好いいジャケットだなって、勝手に着て外に出たんだ。その後で、あの空からの爆撃が始まって、父さん達とは離れ離れになってしまったんだけど、おかげで僕は、今日までなんとか一人でも生きてこれた」

「そういうことだったんですか……」


 十三歳というと、まだ中学生になったばかりの年頃だ。

 その若さで、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』後の世界を生き抜くのは、並大抵の苦労ではなかっただろう。

 『怒りの日ディエス・イレ』やサーチ・アイの脅威に怯えながら、安心した眠りを得ることもできない生活。

 それが、これまでの十年間も続いていたのだ。

 偽りの平和の中で安穏と暮らしてきた自分には、想像もつかない。


「だけど、そろそろこの光学迷彩OC機能のエネルギーも尽きてきたみたいだね。さっきはそれで、姿が目視できるようになっちゃったから、とりあえず近くにあったこの洞穴に身を隠すことにしたんだ」


「だったら、そのままそこで待っていろ。すぐに助けをそこへよこして、プラセンタへと招き入れてやるから」

 デニスが言うも、

「いや、旅はもうここで終わりにするよ。なんだか、もう疲れたんだ。色々とね。これまでのあてのない旅で、最後に、君達に会えてよかった」

 と岩肌に預けていた身を起こす。


「ちょっと待ってください! どこへ行くつもりですか!」

「待て、リヤン!」


 ハルキ達の制止も聞かず、リヤンは、ゆっくりとした足どりで、洞穴の外へと向かった。



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