【Episode:07】 見えない放浪者 ―A Invisible Wonderer―

謎の青年


 夏休みまで後五日と迫った土曜の午後。

 学校は午前中までですべてのカリキュラムを終え、久しぶりに訓練も休みとあって、ハルキは、裏バイトをするために、世界再生機関リバースの施設であるセキュリティ・ホール五階監視室を訪れていた。


「暇だな……」

 中央に置かれたテーブル席で、装身型携帯ウェアラブル・フォンを弄っていたハルキが、ぼそりと呟く。


 大型のコンソールに映し出された矩形の三次元立体映像ホロ・プロジェクションモニターによる監視映像にたまえ目をやるが、いつもどおり、なにも起こることはない。

 小動物の一匹が横切ることさえない、荒涼とした大地。

 たまに動きを見せたかと思えば、吹きつける風に砂塵が舞っているだけ。

 地上にいる生命は、微生物に至るまで、すべて『怒りの日(ディエス・イレ)』の爆撃によって、焼き尽くされてしまったのかもしれないとさえ思える。

 それでもなお、爆撃は続く。

 飽きることなく、いつまでも。

 どこかで、悪魔の嘲笑を聞かせながら。 


 今その『怒りの日ディエス・イレ』は、ヨーロッパ大陸上の宇宙空間にあるというから、このオーストラリア大陸がその爆撃に晒されることはしばらくなさそうだが、それで安心できるというわけではない。

 『怒りの日ディエス・イレ』が消えてなくならない限り、不安は常につきまとう。

 一度や二度の爆撃であれば、このプラセンタは、特殊金属からなる全十二階層にも及ぶ防護壁アイギス・シールドによって覆われているから、その爆撃の影響を受けることはないが、もしこの場所が知られでもしたら、それだけで防ぎきれるかどうかは分からない。

 つまりは、偽りの平和。

 一つたがが外れただけで、すべて瓦解してしまう、脆くも儚い地盤の上に、自分達は立っている。

 この穴蔵の中に引きこもり、外の世界に怯えながら――。



「もう何年も、あの青い空を、この目で直に見ていないな……」

 ハルキが、監視映像の一つに映る蒼穹をぼんやりと眺めながら、そう呟いた時――。


 ふと、他の監視映像の一つが映し出していた岩肌の一部が、ぐにゃりと歪んだような気がした。


 !? ――。


 怪訝に眉をひそめていると、また、ぐにゃり、と映像の一部が歪んだ。


 がたりと席を立ち、その傍へと寄りながら、その映像を凝視する。


 と――。


 明滅を繰り返すようにしながら、そこに、一人の革製のローブを身にまとった青年が現れた。まるで羊飼いのような風貌。どこか永久とこしえを旅しているかのような超然とした雰囲気を滲ませて。


 まさか、人……?


 驚きに目を瞬かせていると、その革製のローブを身にまとった青年は、そのローブを片手で摘まみ上げながら見やると、にこりと笑み、ゆったりとした足どりで、近くの岩肌に口を開けていた洞穴へとその身を隠して行った。

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