不法なる力
先手をとったのは、ジークの方だった。
アムリタに向けて勢いよく駆け出し、一気に間合いを詰めると、パンチやキックのラッシュを連続で見舞う。
だてに
対するニルは、ひょろりとした痩せぎすの男であり、格闘の経験がありそうにも見えない。デスクに座って事務処理にあたっているのが似合いそうなインテリ風だ。
だが、アムリタは、防御する仕草をとるでもなく、棒立ちのまま、不敵な薄ら笑いを浮かべるだけで、度重なる打撃にも、痛みを感じている様子もない。
おかしい。
たとえドーピングしていたとしても、あばらの二、三本は折れそうなくらいの強烈な打撃を何発も喰らって、まったくダメージがないということは考えられない。
防弾ベストのようなものをシャツの中に着ているのかとも思ったが、そういった膨らみもなさそうだ。
「てめえ、どんな鍛え方してやがんだ……?」
疲労を滲ませながら後退したジークが言う。
「気づかなかったのか? こういうことだよ」
アムリタは返すと、着ていたシャツをその場に脱ぎ捨てた。
その肌があらわになる。
だが、そこにのぞいた胴体と両腕は、メタリックな鈍色に輝いていた。
「ちくしょう、やけにかたいと思ってたら、
「金属を殴っておきながら、そうだと見せるまで気づかないとは、とんだ大馬抜けだな」
アムリタがせせら笑う。
だが、『デア』の刺客であるアムリタにとって、そのような法など意味をなさないものなのだろう。裏社会では、そういう手術を請け負う闇医者も数多くいると噂には聞いている。法外な手術代を要求されるというが、『デア』程の組織であれば、そのための資金の調達に事欠くこともないだろう。
酒に酔った元ボクサーをパンチ一発で卒倒させたこともあるジークとはいえ、相手が
その気になれば、その拳だけで、ぶ厚いコンクリートを粉々に破壊することさえ容易だろう。
「ぐはっ!」
その
「ジーク!」
ハルキが悲鳴にも似た叫びを上げる。
壁にもたれかかるジークは、口から血を吐きながら、ぐったりと項垂れたまま、動こうとしない。
「他愛もない。もう少しやれるやつだと思ったんだがな」
アムリタは残念そうに零すと、
「どうせ今の一発だけで、足腰が立たない状態なんだろ? だったら、早めに楽にしてやるよ」
「止めろ!」
ハルキは叫びながらその間に入ろうとしたが、
「お前は、後でゆっくり料理してやる。黙って見ていろ」
と鋭い三白眼で睨めつけられ、身体を竦ませるしかなかった。
ジークに向き直ったアムリタが、鈍色に輝く右腕を前へと伸ばした。
すると――。
「ちっ、
なんとか顎を上げるだけしたジークが、舌打ちしながらか細い声で呟く。
アムリタの右腕は、形状を変え、一本の長いサーベルと化していた。その鋭利な刃で切り裂かれたとしたら、さしものジークもひとたまりもないだろう。
絶対絶命の窮地に立たされたジークとハルキ。
だが、もう一縷の望みさえ残ってはいない。
このまま、そのサーベルに切り刻まれるがままにされ、そして、意識を失っているノアも――。
「ちくしょう……これまでか……」
ジークが観念したように、がくりと頭を落とした。
「私に従おうとしないから、そういうことになる」
アムリタは言いながら、その傍にゆっくりと寄ると、サーベルと化した右腕を後ろへと引きながら、
「死ね」
そう死の宣告が突きつけられた時だった。
割れてガラスを散らばらせていた窓の一枚から、なにかが猛スピードで舞いこんで来たかと思うと、そのまま、アムリタの顔に突撃した。
ハルキは、予想外の事態に目を剥きながら、
「ピィ!」
飛びこんで来たのは、サミーがいつも肩にのせている鳥型の愛玩ロボットであるピィだった。
どういうことか分からずにいるハルキとジークの前で、ピィは、アムリタの顔の周りを舞いながら、
「いじめるな! ジークをいじめるな!」
と嘴を叩きつけるように突き立てる。
「くそっ、このバカ鳥が! 離れろ!」
アムリタが怒声を上げながら、必至で振り払おうとする。
だが、ピィはアムリタの顔を嘴で突くのを止めようとしない。
と――。
割れた窓ガラスから、今度は、小さな丸い球状の物体が飛びこんで来たかと思うと、床に転げたそれから、白い煙が勢いよく吹き出し始めた。
吹き出した煙は、立ちどころに部屋に充満し、すぐに、まったく視界が利かない状態になった。
「どうなってやがる! お前らなにをした!」
アムリタが混乱を極めてわめき立てる中、廊下から、ドタドタと靴音を立てて、何者か達が躍りこんで来たようだった。
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