廃ビル
J9区画に広がる工業地帯近くにある寂れた場所に、件の廃ビルはあった。
ハルキは、ジークが運転する彼の愛車に乗ってともに向かい、その近くの公園で降車した。
ここら辺りは、プラセンタ内でも特に治安が悪いところで知られている。
失業者やちんぴらがはびこり、犯罪が後を絶たない。殺人が起こることも珍しくはないという。一種のスラムと化している場所だ。
普段であれば、絶対に立ち寄ろうとはしない。危険はなるだけ避けてとおる主義だ。
だが、今はそうも言っていられない。
ノアを救うためには、少々の危険は無視しなければ。
救えるのは、自分達以外にいない。
午後七時をまわり、陽は既に落ち、辺りが薄闇に包まれた中、錆びついた遊具が幾つか置かれた他に誰もいない閑寂とした公園を抜け、その廃ビルへと向かう。
「アムリタってやつの目的はなんなんだろうな」
ジークが警戒しつつ歩きながら。
「ノアを拉致して俺達をこんなところに誘き寄せて、いったいなんになるってんだ?」
「それは――」
理由がつけられないでもない。
三人とも、
だが、ノアとジークは、エノシガイオスとヴィマーナのパイロットとして最も適任とされているから分かるものの、ジョシュアのパイロットとして適任なのは、自分ではなくソウイチなどの他に有望視されている
なのに、なぜ自分が?
だが、それもよく考えれば分かることだった。
ノアといつも一緒にいることが、その最たる理由だろう。
アムリタの目的が、『
ノアを拉致することに成功したアムリタは、残るジークを誘き寄せるための出汁としてハルキを使っただけにすぎない。
ただ、それは憶測にすぎない。
真意を知りたければ、アムリタに直接問い質してみるしかないだろう。
そうするだけの余裕が与えられるかどうかという問題もあるが。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「分からないけど、俺は、ノアが無事でさえいれば、それでいい」
「そうだな。俺もそうだ。なによりまずは、ノアの無事を優先させるべきだな」
ノアの無事を願いながら、周囲を囲むフェンスの隙間を潜り、五階建ての廃ビルの敷地内へと入った。
廃ビルの外壁には、煤がこびりつき、蔦がからまるなどしていた。ところどころ崩れている箇所もあるようだ。売りに出されているようでもない。ここら辺の治安の悪さから買い手がつかず、そのまま放置されているのかもしれない。
入口の罅が入ったガラス扉に、鍵はかかっていなかった。
ハルキが持参して来たハンドライトを点け、ジークが先頭になって、そのガラス扉を開け、中へと立ち入る。
薄暗いエントランスは荒れ放題で、埃が積もっている以外にも、空き缶や生ゴミなどが散らばり、饐えた臭いが立ちこめていた。
まだ真新しい煙草の吸い殻が落ちているところを見ると、どうやら不貞な輩のたまり場となっているようだ。
エレベーターも一基あるが、電気が通っていないためか、ランプは消えている。
ホラー映画のロケ地として使われそうな薄気味の悪さの中、ハルキとジークは、慎重な足どりで、奥にあった階段を上がって行った。
*
二階を調べてみたが、ゴミが散らばっている以外、特になにもなかった。
廃墟となる前は、テナントが入っていたらしく、その時の名残か、書類やパンフレットが転がっていたりしていた。
三階、四階も何もなく、最上階である五階に上がった。
手前から順に部屋を調べて行き、最奥にある一室の扉を開けた時――。
「ノア!」
ハルキが、思わずながらその名を叫んだ。
三十平米はありそうな広々とした部屋の奥には、椅子に座らされて瞼を閉じているノアがいた。後ろ手に電子手錠で拘束されているようだ。
そのノアの傍らには、一人の男性が立っていた。
三十代前半くらいだろうか。ブラックスーツ姿のひょろりとした痩せぎすの男で、爬虫類を思わせる風貌。見たところ手ぶらで、武器になるものは所持していないようだ。
「お前が、アムリタか」
ジークが鋭い視線で睨みつけながら問う。
「そうだ。私が、アムリタだよ」
とアムリタは、鼻にかかったような声で答えると、両手を広げながら、
「よく来てくれた。歓迎するよ」
「なんの目的があって、ノアを拉致した?」
「君達をここへ誘き寄せるためさ。分かっているだろう?」
「どういう理由で?」
「殺すためさ。『
「お前、もしかして、『デア』の工作員か?」
「察しがいいな。そのとおりだ。ただ幹部って役柄にあることをつけ加えさせてもらっておこうか」
「そんなのどうでもいい、ノアを返してくれ!」
ハルキが必至に訴えるも、
「それは、君達次第だな。交換条件を出そう。君達が、ジョシュア、エノシガイオス、アルツ・ヴィマーナの
「そんなこと、できるわけないだろ?」
ジークが拒む。
「どうせ、そこを爆破しようって魂胆なんだろうからな」
「そう来ると思っていたよ」
アムリタは、くつくつと笑うと、羽織っていたジャケットをその場に脱ぎ捨てながら、
「だったら、少し痛めつけてやるとしよう。言うことを聞こうとしない駄犬には、戒めが必要だ」
「せこい罠張ってるかと思ったら、意外とやり方が潔いじゃないか。いいぜ、いつでもかかって来いよ」
ジークは返すと、ハルキの肩を押してその場から離れさせ、ファイティング・ポーズをとり、アムリタと対峙した。
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