アムリタ

 ノアが学校にやって来ないまま放課後となり、ハルキは、シミュレーション訓練を受けるために、学校を出て訓練施設へと向かった。


 訓練施設に着き、向かったロッカールームで訓練服に着替えていると、後ろから、

「おい、『落ち零れのDディー・ファーレン・スピル』、今日も、期待してるぞ!」

 他の候補生から、からかいを向けられた。

 連れ添う仲間達と、品の悪い笑いを上げる。


 ハルキは、なにも言い返すことなく、着替えを終えてロッカールームを出た。


     *


 訓練施設で、一回目のシミュレーション訓練を終えたハルキは、失意を滲ませながら、休憩所に向かった。


 ベンチにどっかりと背中を預け、白い天井を仰ぎながら、物思いに耽る。


 シミュレーションの結果は、惨憺たるものだった。


 最近ではDプラスを叩き出せるようになり、じきCに上がることができたら、さっきみたいに『落ち零れのDディー・ファーレン・スピル』と馬鹿にしてくるようなやつらを、少しは見返してやれると思っていた。


 それなのに、結果は、最低ランクのE。


 敵の無人戦闘機部隊ヴァルチャーズを前に、ジョシュアは、大した抵抗もできず、蜂の巣にされていた。

 これが実戦だったらと思うと、冷たいものが走る。



 そろそろ休憩時間が終わるか……。


 憂鬱な気持ちを振り払いながら、次はせめてDを出そうと休憩所を出たところで、廊下でばったりとジークに出くわした。


「ハルキ、今からシミュレーションか?」

「ああ、これから二回目だ」

 ハルキは頷いてから、

「ジークは、ノアのこと知らないか?」

「一緒じゃないのか? ノアも今日はシミュレーションを受けるはずだろ?」


 そこでハルキは、ジークに事情を説明した。


「ノアが、ずる休み、か……」

「ほんとにただのずる休みってんだったら、その方が安心なんだけど、なんか嫌な予感がするんだよ」


 ハルキがそう言った時、腕に嵌めていた装身型携帯ウェアラブル・フォンが電子音を鳴らした。


「ノアからじゃないか?」

「いや、知らない番号からだ」


 とりあえずハルキが、「はい」と電話に出てみると、

「秋南ハルキだな?」

 聞き慣れない声だった。機械的に加工されているのかもしれない。


 ハルキは、胸中の不安をかき立てられながら、

「あんたは?」

「私の名か。そうだな……『アムリタ』、とでも名乗っておこうか」

「アムリタ……それで、そのアムリタさんが、俺になんの用なんだ?」

「ジークベルトはどこにいる?」

「ジーク? ジークなら俺と一緒にいるけど、それがどうしたんだ?」

「そうか。だったら、そのジークベルトを連れて、J9区画の外れにある、廃ビルに来い。詳細は、デバイスに地図データを送る」

「なんで俺達がそんなところに行かなきゃならないんだよ。あんたとはなんの関係もない。会いたければ、直接自分で会いにくればいいだろ?」

「関係なくはないだろう。ノア・ラティスフールは、私の手の内にあるんだからな」

「!?」

 驚きに、思わず言葉を失った。


 ノアは、このアムリタと名乗る男に捕らえられている……? そんな……。


「彼女が無事でいられるかどうかは、お前達の行動次第だ」

 アムリタは続けると、「それじゃあ、その場所で待っているぞ」と通信を切った。



「まさか、ノアが……」

 装身型携帯ウェアラブル・フォンを下ろしながら、ハルキが不安を一杯にして呟く。

 抱いていた嫌な予感は、懸念では終わらなかった。ノアはアムリタに拉致されていたのだ。


「とりあえず、その廃ビルに行くしかなさそうだな。訓練は休むしかない。俺が言っといてやる」

 とジークが、いつになく難しい顔で緊迫感を滲ませながら。


「でも、どう考えても、罠じゃないか?」

 相手が素直にノアを返してくれるとは思えない。二人が乗りこんで来たところで、大人数で襲いかかって、三人ともの命を奪おうと考えているかもしれない。


「ああ、そうだろうな。だが、罠だと分かっていても、今はそこに行くしかない。

そうしないと、ノアがどうなるか分かったもんじゃないからな。ここは言うとおりにするしかないだろ」


 逡巡する気持ちは残るも、そうするしかないようだった。


 そう決めると、ハルキとジークは、適当な理由をつけて訓練を休む旨を他の教官達に伝え、訓練施設を出た。


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