【Episode:06】 拉致 -Abduction-

不登校

 夏休みまで残り二週間足らずと迫った木曜日の朝。

 ハルキは、いつも通りメサイア高校に登校し、教室で他のクラスメイト達と一緒に授業を受けた。

 誰もが、じきに訪れる夏休みの予定をどうするかで頭が一杯のようだった。

 ただ、ハルキにとっては、夏休みには、候補生カデッツとしての合宿がその初日から始まるため、憂鬱なだけでしかない。

 普通の高校生として学生生活を楽しめている他のクラスメイト達が羨ましかった。

 とは言っても、自分は『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』において、ただこのプラセンタで見守るしかできないだろうから、その点はありがたいかぎりだが。


 午前中のカリキュラムを終え、正午の昼休みとなり、ハルキが、アラタとカホと三人で、昼食を摂りに食堂へ向かおうとしたところ、隣のクラスの担任である中年女性の先生がその元にやって来た。


 その中年女性の先生は、ハルキ達の元に、つかつかと歩み寄って来ると、

「秋南君、あなた、ラティスフールさんと親しくしてるわよね」

 尋ねられて、

「ええ、まあ。ノアがどうかしたんですか?」

「そのラティスフールさんが、まだ学校に来ていないんだけど、あなたなにか聞いてない?」


 そう言えば、いつもは休み時間となると、決まって一度はこのクラスに遊びに来るというのに、今日は顔を見ていない。

 風邪を引いて休みでもしたのかと思っていたが、そうではないようだ。


「ノアになにかあったんですか?」

「お母さんに電話してみたんだけど、朝ちゃんと家を出る前に携帯モバイルに連絡があったって言うのよ。だけど、この時間になっても登校して来ないわけだからね。とても真面目な生徒だから、今までこんなことは一度もなかったんだけど」

「ゲーセンにでも行ってるんじゃないですか?」

 とつまらなそうに話を聞いていたアラタが。


「あなたと一緒にしないでちょうだい」

 中年女性の先生が、眉をひそめながら。

「ラティスフールさんに限ってそんなことはないわ」


 アラタは先生達からの受けがよくない。いつも授業をさぼって遊んでいたりするためだ。


「今日は乗り気がしなかったんじゃないですかね。こんなにいい天気ですし」

 とカホが窓外に広がる青空を見やりながら。カホにしても、アラタと同じさぼりの常習犯だ。


 中年女性の先生は、むすりとした顔で、

「……とにかく、なにか知らせがあったら、すぐに私に伝えてちょうだい

 言い残して、クラスに残って弁当やパンを食べている生徒達に話を聞きにその場を離れた。


 小さい頃に、一度だけ、ノアはソフィアに反発して、家を出たことがある。

 まだノアが九歳だった頃のことだ。

 ソフィアがいつも仕事ばかりで、ノアにかまってやれないでいたことが原因だった。

 あの頃のソフィアは、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』後、生き残った人類の、プラセンタでの新しい社会が動き出してまだ間もないこともあり、今よりも多忙を極めていた。一週間以上帰宅しないこともざらだった。

 それでノアは、ハルキの家に転がりこんで来た。もうこれ以上我慢するのは嫌だ、と。

 ハルキは、そんなノアの不満を色々と聞いてやって、一緒に夕食を摂って、とりあえず今日は家に泊まって、明日ソフィアさんと話をしようとなった後、叔父さんから連絡を受けていたソフィアが、仕事を早めに切り上げて迎えに来てくれた。

 強情を張って、当分帰るつもりはないと言っていたノアだったが、それまでためこんでいたものが一気に放たれたように、玄関口で、ソフィアに抱きついて泣きじゃくった。


 ノアが反抗したと言えば、その一度きり。

 情緒が不安定になりやすい幼い頃には、多かれ少なかれ誰にでもそういうことはあるものだ。

 今では、誰もが認める優等生。成績優秀で、人柄もいい。なにより、戦艦エノシガイオスの候補生カデッツとして、最も適任だとされている。

 そんなノアが、ただの気まぐれで学校をずる休みするとは思えない。

 だがそうなると、どうしてノアはこの時間になってまで登校していないのか。


 ノア……なにかあったのか……?


 胸中に抱かされた一抹の不安を、ハルキはなかなか消すことができずにいた。



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