お昼

「兄ちゃん、若えくせに、けっこう頑張るじゃねえか」

 おにぎりを片手にそうハルキに声を向けたのは、主任技術者の足利あしかがイエタカだ。


 イエタカは、この工事現場の主任技術者であるだけでなく、自ら工作用ロボットを操作して工事も行っている。プラセンタにやって来る前は、下町生まれの江戸っ子だったというだけあって、活きのいい豪快な性格だが、面倒見がよく、他の作業員達から慕われている存在のようだ。


「この前雇った大学生の兄ちゃんは、すぐに根を上げちまってな。最近の若え者はだらしねえって思ってたんだけど、そうでもねえんだな」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

 こう持ち上げられると、もう無理なんでこれまでにさせてください、とも言い出しにくい。


「どうだい、高校を出たら、うちに雇われてみねえか? 給料も結構よかったりするんだぜ?」

 ハルキは、「はは」と愛想笑いを返しつつ、

「考えておきますね」


 本音を言うと、絶対に嫌だった。

 こんな職場で働いていたら、すぐに過労で倒れてしまうことだろう。


「そうかい。そいつは楽しみだな。兄ちゃんだったら、資格さえとれれば、あのロボットを扱わせてやってもいいんだぜ? そのためには、実務経験が必要だけどな」


 その工作用ロボットとは、ジョシュア程に巨大ではないが、手足を持った人型のタイプで、同じブレインBコンピューターCインターフェイスI・システムを搭載している最新機種らしい。

 先程、イエタカがそれを動かして、器用に鉄パイプを高所に組み上げていたのが見えていた。

 そんなイエタカであれば、もしジョシュアにも適正があるとしたら、自分なんかよりも、よっぽど上手く動かせるのではないだろうか、なんて思う。


「ただ、適正ってやつが必要だからなあ。あいつは、普通のやつにはあつかえねえんだ。ブレインなんたらっていう機能を積んでるやつだからな。普通の高校生な兄ちゃんには、ちょっと難しくて分かんねえだろうけどな」


 イエタカは、ハルキがジョシュアの候補生カデッツの一人であることを知らない。

 バイトするには無用のプロフィールであるし、デニスも特にそのことを伝えようとはしなかったようだ。


「足利さんは、それが扱えるっていうことは、特別なんですね」

「まあな。おいちゃん、適正ってやつががあるんでね。資格もちゃんと持ってるしな」

 イエタカはまんざらでもなさそうに答えると、お茶を一口啜ってから、

「軌道エレベーターって知ってるか?」

「歴史の授業で習いました。世界人類共同体ユニオンが進めていたプロジェクトで、宇宙にまで伸びる巨大な塔のことですよね」


 軌道エレベーター。

 旧時代、世界人類共同体ユニオンが立案し、その建造を進めていた、地上から宇宙空間の静止軌道上まで伸びる巨大な塔のことだ。

 当時、国際宇宙ステーションが大規模に拡張されていく中、宇宙進出への機運が高まるとともに、安全に、かつ遥かに低コストで宇宙に物資を送ることができるその軌道エレベーターの完成が、世界中から待ち望まれていた。

 ただその過程で、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』という悲劇が起きたことで、その建造も半ばで頓挫してしまう形となり、今は、雲からその頂を突き出しながら、寂しくそびえ立つだけとなってしまってはいるが。


「おいちゃんは、そいつを造るのを手伝ってもいたんだぜ?」

「それはすごいですね。そんな大事業まで任されていたんですか」

「ただ、そいつももう無用の長物ってやつだからな。手塩をかけて育ててた息子が、途中で見捨てられちまったみてえなもんさ。寂しいもんだねえ」

「でも、今度の『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』が成功して、また地上の世界に戻ることができたら、その建造も再開されるかもしれませんよ」

「そいつか」

 とイエタカは、その言葉が出た途端に、苦虫を嚙み潰したような顔になると、

「いけ好かねえ作戦だね」


「どうしてですか?」

「なんでも、その作戦で戦いに出るのは、まだ二十歳にもならねえ若え者ばかりって話じゃねえか。世も末だねえ。家のスズカが、もしその候補生カデッツとやらになってたらと思うと、虫酸が走らあ」


 先程、昼食を呼びかけていた若い女性は、足利スズカといい、二十歳になったばかりで、イエタカとは似ても似つかないが、彼の一人娘であるらしい。大学生ではあるが、今日のような休日には、仕事をしている父親のところに毎回のように手伝いに来てくれる気立てのよさで、今ハルキ達が食べているお弁当も、すべて彼女の手作りとのことだ。


「ところで兄ちゃん」

 とイエタカは顔を大らかなものに戻すと、

「その涼花だけど、まだ嫁のもらい手がなくて、困ってるんだ。器量は悪くねえと思うんだが、女子高出なもんで、どうにも男に免疫ってやつがなくてな。兄ちゃん、婿として立候補してくれねえか?」

「え……?」

「まだ高校生ってんだから、今すぐにとは言わねえよ。だけど、うちで働くのと一緒に考えといてくれ。もしもらってくれるってんなら、そん時は、嫁入り道具に、一戸建ての一つでもプレゼントしてやっからよ」

「いえ、あの……」

 ハルキは、曖昧に言葉を濁すばかりだった。


 ジョシュアの候補生カデッツである自分だが、まさかこんな形の候補として挙げられるとは思ってもみなかった。

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