純白のジョシュア
決起集会の会場を出たハルキは、一人夜の街路を歩いていた。
酒が振る舞われた宴が催されている最中だったが、未成年であるハルキはジュース類を飲むことしかできず、立食形式の食事で腹を満たした後は、お偉方への挨拶を済ませて、他の
決起集会では、計画されている『
ロボット兵器のジョシュアと戦艦ガイオスで敵の
その場では誰もがその作戦内容を賛辞していたが、アラタが言っていたように、無謀な作戦だと思う。
だが、自分がその作戦に参加するわけでもなく、反対する権利もない。
ソフィアのように、このプラセンタに多大な貢献をしている科学者でさえ、まともにとりあってもらえないのだ。
ぽつぽつと常夜灯が点る街路を歩いてやって来たのは、同じB2区画にある、
ここには、今度の『
特に目的があるってわけじゃない。ただ自然と足が向いていただけだ。
くだらない騒ぎに参加するよりも、物言わぬ兵器でも相手にしていた方がましだからかもしれない。
顔見知りの守衛に頼み、入ることを許可してもらい、ジョシュアが格納されている
エントランスにあるエレベーターに乗り、地下二階へと下りる。
ケージが扉を開けると、鉄骨の柱が並ぶ
ハルキはその元に寄り、
「オスカルさん。集会に出ていないと思っていたら、ここにいたんですね」
「ああ。ちょっとジョシュアのシステム調整をしていたんでな」
「どこか不具合でも起きたんですか?」
「まあ超精密機器なわけだからな。だけど、俺が整備したからもう万全だ。今からだって出撃できるぞ」
「できたとしても、俺は乗れませんけどね」
と苦笑しつつ頭を掻く。
「
「自分、落ち零れですから」
「卑屈だねえ。若いやつはもっとポジティブであるべきだぞ?」
諭されて、「はは」と笑ってごかましながら、
「ジョシュア、見せてもらってもいいですか?」
「ああ、別にかまわないぜ。純白の天使を、しっかりと拝んでいくんだな」
オスカルは答えると、
「それじゃあ、俺は今から集会に出ることにするよ。あっちじゃ美味い酒が飲めそうだからな」
とエレベーターに乗り、上へと上がって行った。
オスカルが去った後、ハルキは、
その巨躯を仰ぎ見ながら、
「凜々しいな、お前は……」
贅肉を削ぎ落としたアスリートのように、シャープで無駄がなく、かつ重厚さも湛えたフォルムを前に、思わず嘆息する。
ロボット工学の粋を極めて造られた、核に匹敵しつつもクリーンなエネルギーを生み出す
旧時代、
ジョシュアという名は、その開発において重要な役目を果たした、ノアの父親であるジョシュア・ラティスフールからとられているとのことだ。
その汚れのない白をベースに塗られたジョシュアは、兵器でありながら、まだ一度たりとて戦いというものを経験していない。
血の色を知らない、無垢なる兵器。
できれば、ずっと汚れなきままでいてほしい。
だが、その力なくして、この世界を救うことはできない。
そのパイロットとして、
メサイア高校の副会長であり、剣道の道場でのハルキの兄弟子。
ジョシュアには、ノアの母親――ソフィア・ラティスフールがその根幹を築いた、
頭部に装着したヘッドギアによって、人間の脳とコンピュータを接続し、思考をデータ化して送信したり、コンピュータからのデータを脳に送って、双方向な情報のやり取りを行うことによって、適正のあるなしでパイロットを選ぶものの、従来の、手動による操作とは一線を画した操作性が実現された。
だが、それも、パイロットのスキルに依存しているという点においては、従来のそれと変わりない。どれだけの優れた兵器だろうと、パイロットとして無能な者が扱えば、ただの金属の塊にすぎなくなってしまう。
だから、パイロットの能力というものが重要視される。
自分はその
桧川はその点、同じ適正のある
ジョシュアのパイロットとして選ばれて当然だろう。
ハルキは物思いに耽る中、首から提げたペンダントを握り締めた。
そのトップには、『
その仇を討ちたいという気持ちがないわけではない。
だが、それに見合うだけの力が、自分にはない。
情けないし、歯がゆい思いをすることもあるが、それが、変えようのない事実。
『
だが、結果はともなわなかった。
ただ、落ち零れであることを痛感させられるだけ。
その劣等感に苛まれながら、自分はどうせ落ち零れなんだからと受け入れることで、辛さを軽くすることしかできないでいる。
「なにか悩みごとですか?」
その声に、はっと振り向くと、そこには、神父のアレクシオが立っていた。スータンと呼ばれる黒く丈の長い司祭平服を着ている。
「アレクシオ神父……どうしてここに?」
ハルキが尋ねると、アレクシオは、微笑みを浮かべながら、
「神のお導きによって。悩める
「アレクシオ神父は、なんでも知っているんですね」
実際、アレクシオには、本当に不思議な力があるのではないかと思える節がある。
前にサミーが迷子になった時も、神の声を聞いて、森の中を彷徨っていたサミーを見つけ出したことがあった。
それ以来、ハルキも、世の中には、理屈じゃない不思議な力というものがあるんだろうか、と思うようになった。
「神の声に耳を傾けているだけですよ」
アレクシオはさらりと答えてから、
「それよりも、悩みを抱えているのではないですか?」
「ええ、まあ」
言葉を濁しながら答えると、アレクシオは、
「迷った時は、自らを信じなさい。世界はこのありさまですから、神の救いなんてものはないと誰もが考えてしまいがちですが、それでも、救いは残されています。神は決して、我々を見放したりはしません。希望を得るためには、自分の信じる道を歩き続けることです」
ジョシュアを見上げながら、
「彼は、神の使わした天使なのかもしれません。その天使の力を借りて、あなたが、この世界を救う時が来るかもしれない--私にはそう思えるんです」
「神様が、そう言っているんですか?」
「いえ、これは私の勘です」
「神父様が、勘を頼りにするなんて思いませんでした」
「私はお菓子が大好きな俗っぽい神父ですからね」
アレクシオの冗談に「はは」と笑いながら、ハルキは、もう一度ジョシュアと向き直った。
ジョシュアは、何も言わない。
だが、彼が言葉を発せられるとしたら、どういう風に言うだろう。
「お前のような落ち零れを乗せる気はない」--そんな風に嫌がられるだけじゃないだろうか。
だけど、もし嫌じゃないんだったら、シミュレーションじゃなく、その白の中に、一度直に包まれてみたい--。
世界の命運とかを抜きにして、ハルキはそう思った。
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