純白のジョシュア

 決起集会の会場を出たハルキは、一人夜の街路を歩いていた。


 酒が振る舞われた宴が催されている最中だったが、未成年であるハルキはジュース類を飲むことしかできず、立食形式の食事で腹を満たした後は、お偉方への挨拶を済ませて、他の候補生カデッツに適当につき合うだけして、早めに抜け出した。


 決起集会では、計画されている『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』の作戦の概要が説明されていた。

 ロボット兵器のジョシュアと戦艦ガイオスで敵の無人戦闘機部隊ヴァルチャーズを引きつけ、その隙に、戦闘機ヴィマーナが、反応兵器RWを敵要塞へと叩きこむ。


 その場では誰もがその作戦内容を賛辞していたが、アラタが言っていたように、無謀な作戦だと思う。

 だが、自分がその作戦に参加するわけでもなく、反対する権利もない。

 ソフィアのように、このプラセンタに多大な貢献をしている科学者でさえ、まともにとりあってもらえないのだ。

 候補者カデッツとはいえ、落ち零れでしかない自分は、意見の一つも許されず、ただ従うことだけを求められる。


 ぽつぽつと常夜灯が点る街路を歩いてやって来たのは、同じB2区画にある、世界再生機関リバース軍の施設の一つだった。


 ここには、今度の『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』で用いられる、人型ロボット兵器ジョシュア、戦闘機ヴィマーナ、戦艦エノシガイオスの三機が、それぞれ別々の場所で格納されている。

 特に目的があるってわけじゃない。ただ自然と足が向いていただけだ。

 くだらない騒ぎに参加するよりも、物言わぬ兵器でも相手にしていた方がましだからかもしれない。


 顔見知りの守衛に頼み、入ることを許可してもらい、ジョシュアが格納されている格納庫ハンガーへと向かった。

 エントランスにあるエレベーターに乗り、地下二階へと下りる。


 ケージが扉を開けると、鉄骨の柱が並ぶ格納庫ハンガーには、中央で勇壮に立つ白亜の機体ジョシュアの前に、整備室長のオスカル・モルフェオが一人でいた。


 ハルキはその元に寄り、

「オスカルさん。集会に出ていないと思っていたら、ここにいたんですね」


「ああ。ちょっとジョシュアのシステム調整をしていたんでな」

「どこか不具合でも起きたんですか?」

「まあ超精密機器なわけだからな。だけど、俺が整備したからもう万全だ。今からだって出撃できるぞ」

「できたとしても、俺は乗れませんけどね」

 と苦笑しつつ頭を掻く。


候補者カデッツだろ? いつか乗る日が来るかもしれないじゃないか」

「自分、落ち零れですから」

「卑屈だねえ。若いやつはもっとポジティブであるべきだぞ?」


 諭されて、「はは」と笑ってごかましながら、

「ジョシュア、見せてもらってもいいですか?」

「ああ、別にかまわないぜ。純白の天使を、しっかりと拝んでいくんだな」

 オスカルは答えると、

「それじゃあ、俺は今から集会に出ることにするよ。あっちじゃ美味い酒が飲めそうだからな」

 とエレベーターに乗り、上へと上がって行った。


 オスカルが去った後、ハルキは、格納庫ハンガーの中央で、周囲からライトアップされた光を浴びながら白く輝くジョシュアの機体の前に立った。


 その巨躯を仰ぎ見ながら、

「凜々しいな、お前は……」

 贅肉を削ぎ落としたアスリートのように、シャープで無駄がなく、かつ重厚さも湛えたフォルムを前に、思わず嘆息する。


 ロボット工学の粋を極めて造られた、核に匹敵しつつもクリーンなエネルギーを生み出すN2エヌツードライブによって動く、巨大な人型のロボット兵器。

 旧時代、世界人類共同体ユニオンの象徴として建造が始められ、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』の中、ここプラセンタへと運びこまれ、新たに世界再生機関リバースの象徴として完成した。

 ジョシュアという名は、その開発において重要な役目を果たした、ノアの父親であるジョシュア・ラティスフールからとられているとのことだ。


 その汚れのない白をベースに塗られたジョシュアは、兵器でありながら、まだ一度たりとて戦いというものを経験していない。

 血の色を知らない、無垢なる兵器。

 できれば、ずっと汚れなきままでいてほしい。

 だが、その力なくして、この世界を救うことはできない。


 そのパイロットとして、候補生カデッツの中で最も適任とされているのが、桧川ソウイチだ。

 メサイア高校の副会長であり、剣道の道場でのハルキの兄弟子。


 ジョシュアには、ノアの母親――ソフィア・ラティスフールがその根幹を築いた、ブレインBコンピュータCインターフェースI・システムが搭載されている。

 頭部に装着したヘッドギアによって、人間の脳とコンピュータを接続し、思考をデータ化して送信したり、コンピュータからのデータを脳に送って、双方向な情報のやり取りを行うことによって、適正のあるなしでパイロットを選ぶものの、従来の、手動による操作とは一線を画した操作性が実現された。

 だが、それも、パイロットのスキルに依存しているという点においては、従来のそれと変わりない。どれだけの優れた兵器だろうと、パイロットとして無能な者が扱えば、ただの金属の塊にすぎなくなってしまう。


 だから、パイロットの能力というものが重要視される。

 自分はそのブレインBコンピューターCインターフェースI・システムに適正があるというだけで、上手く扱えるわけではない。

 桧川はその点、同じ適正のある候補者カデッツの中でも、群を抜いた成績を残している。

 ジョシュアのパイロットとして選ばれて当然だろう。



 ハルキは物思いに耽る中、首から提げたペンダントを握り締めた。

 そのトップには、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』で亡くした愛する家族の写真が収められている。

 

 その仇を討ちたいという気持ちがないわけではない。

 だが、それに見合うだけの力が、自分にはない。

 情けないし、歯がゆい思いをすることもあるが、それが、変えようのない事実。

 

 『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』を避けて、この地中のプラセンタに七歳の時逃げこんだ後、適正ありと認められて、ジョシュアパイロットの候補生カデッツとなってからのこの十年間、そのための訓練を繰り返してきた。


 だが、結果はともなわなかった。

 ただ、落ち零れであることを痛感させられるだけ。

 その劣等感に苛まれながら、自分はどうせ落ち零れなんだからと受け入れることで、辛さを軽くすることしかできないでいる。



「なにか悩みごとですか?」

 その声に、はっと振り向くと、そこには、神父のアレクシオが立っていた。スータンと呼ばれる黒く丈の長い司祭平服を着ている。


「アレクシオ神父……どうしてここに?」


 ハルキが尋ねると、アレクシオは、微笑みを浮かべながら、

「神のお導きによって。悩める神の子羊アニュス・デイが、悩みを抱えているということでしたから」

「アレクシオ神父は、なんでも知っているんですね」


 実際、アレクシオには、本当に不思議な力があるのではないかと思える節がある。

 前にサミーが迷子になった時も、神の声を聞いて、森の中を彷徨っていたサミーを見つけ出したことがあった。

 それ以来、ハルキも、世の中には、理屈じゃない不思議な力というものがあるんだろうか、と思うようになった。


「神の声に耳を傾けているだけですよ」

 アレクシオはさらりと答えてから、

「それよりも、悩みを抱えているのではないですか?」


「ええ、まあ」

 言葉を濁しながら答えると、アレクシオは、

「迷った時は、自らを信じなさい。世界はこのありさまですから、神の救いなんてものはないと誰もが考えてしまいがちですが、それでも、救いは残されています。神は決して、我々を見放したりはしません。希望を得るためには、自分の信じる道を歩き続けることです」

 ジョシュアを見上げながら、

「彼は、神の使わした天使なのかもしれません。その天使の力を借りて、あなたが、この世界を救う時が来るかもしれない--私にはそう思えるんです」

「神様が、そう言っているんですか?」

「いえ、これは私の勘です」

「神父様が、勘を頼りにするなんて思いませんでした」

「私はお菓子が大好きな俗っぽい神父ですからね」


 アレクシオの冗談に「はは」と笑いながら、ハルキは、もう一度ジョシュアと向き直った。


 ジョシュアは、何も言わない。

 だが、彼が言葉を発せられるとしたら、どういう風に言うだろう。

 「お前のような落ち零れを乗せる気はない」--そんな風に嫌がられるだけじゃないだろうか。


 だけど、もし嫌じゃないんだったら、シミュレーションじゃなく、その白の中に、一度直に包まれてみたい--。


 世界の命運とかを抜きにして、ハルキはそう思った。

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