奢れる統治者

 『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』の可決により急遽開かれることになった臨時集会に、午後の授業を休んで出席したハルキは、それを終えた後、ともに出席していたノアの自宅に招かれて、夕食を一緒に摂っていた。

 

 ノアの母親ソフィアは、世界再生機関リバースの研究機関で主任を務める多忙な身であるため、自宅に戻って来ることの方が珍しい。なので、ノアは家事全般を任されている。今日の夕食も、そんなノアが手作りした料理が並んでいる。


「上手いな、このハンバーグ」

 とハルキ。お世辞ではなく、本当に美味しかった。


「カレー粉を隠し味に入れてみたんだ。美味しくなるってウェブで見たし、ハルキは大のカレー好きだからね」

「研究熱心だな」

「私の趣味って、これくらいしかないから」


 そんな風に、二人で楽しく夕食を摂っていると、「ただいまー」と玄関の方から、女性の声が聞こえてきた。ノアの母親であるソフィアの声だ。

「お母さん、今日は仕事早く終わったんだ」

 ノアがその帰宅を喜ぶ。


 程なく、そのソフィアがリビングへと顔を見せ、にっこりと笑みを向けながら、

「やっぱりハルキ君だったんだ。男物の靴が置いてあったから、たぶんそうだろうってね」

 と栗色の緩くウェーブした髪をかるく撫でる。


 銀色のフレームをした眼鏡は理知的だが、どこかふんわりと柔らかい印象を受ける、科学者にしておくにはもったいないくらいの美貌。

 ノアは髪の色以外、その母親に似てはいるが、まだあどけなさを残した十七歳の女子高生であり、彼女のような大人な女性になるのは、まだ先のことだろう。


「お邪魔して、夕食をご馳走になっています」

「ハルキ君なら、いつでも歓迎よ」

「お母さん、今日、仕事でなにかあった?」

 先程まで嬉しそうにしていたノアが、怪訝な顔をしながら。


「どうして?」

 ソフィアが、不思議そうに問い返す。


「だって……なんとなくだけど、そんな気がして……」


 ふうとソフィアはため息を零すと、

「ノアに嘘は吐けないわね。でも、仕事で、ってわけじゃないの。不機嫌になったのは事実だけどね」


「もしかして、例の作戦のことで、じゃないですか?」

 ハルキが尋ねると、

「ええ、そう。例の馬鹿な作戦のことで、ちょっと最高評議会ハイ・カウンシルのお偉方と、やり合っちゃってね」


 ソフィアは今日の正午に、あの放送があってすぐに、プラセンタA7区画の中心部に立つ世界再生機関リバースの本部ビルを訪れたらしい。

 そして上層部のお偉方に、『Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス』を実行に移すことは、無謀であると反対の意を唱えた。

 だが、お偉方は、「これは最高評議会ハイ・カウンシルにおいて既に可決された事項なんだ、君などがどう言ったところで、今更それを覆すことはできない」と相手にしなかった。


「『君は過去に囚われすぎている』――なんて皮肉まじりに言われもしたわ」

 ソフィアは苦笑まじりに続けると、ノアが淹れてくれた珈琲を一口啜ってから、

「私の夫--ジョシュアは、ロボット兵器のジョシュアを造りはしたけど、それはただの平和の象徴として、だった。争いなんて望んではいなかったの。たとえ、箱庭の平和でも、平和であるのであれば、それで是とするような人だった」


 ソフィアの夫であり、ノアの父親でもあるジョシュア・ラティスフールは、ロボット工学の権威として、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』が起こる以前の旧時代に世界を統治していた世界人類共同体ユニオンの元で、ジョシュアのプロトタイプの建造に当たっていた科学者だ。

 だが、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』の中で、そのロボットを救うためにこのプラセンタに運びこむことに成功はしたものの、その渦中で、『怒りの日ディエス・イレ』の爆撃に巻きこまれて返らぬ人となってしまった。


「本部ビルを追い出された後に、その頂で、萎れたように垂れ下がっている不死鳥の旗を見た時に思ったわ。あれは、再生の象徴なんかじゃない。腐敗と退廃の象徴だってね」

「ソフィアさん……」

 ハルキは、どう言葉をかけていいか分からなかった。ノアも同じように、憂うような顔をするばかりだった。


 どこか沈んだ空気になってしまったことを察してか、ソフィアが、明るさを戻しながら、

「いつまでもこんな湿っぽい話なんかしていてもしかたないわよね。済んだことは済んだこと。これから先どうするかを考えていかなきゃ」


「うん、そうだね」

 ノアは頷くと、

「その前に、お母さん夕飯まだなんじゃない? 念のため多めに作っておいたから、ハンバーグ食べる?」


「あら、そうなの。だったら、いただこうかしら。今日は怒らされてばかりだったからかしら、お腹がペコペコなの」

「だったら、すぐに用意するね」


 その後は、楽しいムードの中、三人で食事を摂ることができた。


 こういうささやかな幸せの中にいると、もうじき、世界の命運をかけた戦いが始まるだなんて、信じられなかった。


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