歓声から離れて

「ハルキってば、またカレー? よく飽きもせずに、いつも同じものばかり食べれるよね。その内、中身までカレーになっちゃうよ?」

 ・カホにからかうように言われた。


 学生食堂に設けられたカフェテラス。そのテーブルを一緒に囲んでいるのは、アラタとカホ。韓国系日本人であるカホともクラスメイト同士で、昼食の際は、いつも一緒にふざけ合ったりしながら食事を摂っている。


「ほっとけよ、カホ。ハルキは、スパイシーな男ってやつを目指してるんだ」

 と、トレーに載せられたB定食のアスパラガスを箸の先でつつきながら、アラタもからかいを向けてきた。


「好物なんだから、別にいいだろ。それに、カホだって、七割方パスタじゃないか」

 と反撃を返す。


「一緒にしないで欲しいなあ。パスタはパスタでも、今日はカルボナーラ。前はペペロンチーノ。その前はクリームパスタ。私は、日によって種類を変えてるの。辛ーいペッパーたっぷり味わいすぎて、味音痴になってしまったインド人なハルキ君とは違うんでーす」

 カホが、片手でフォークをくるくると回しながら戯ける。


「韓国系だってんなら、辛いキムチだけ食ってろよ」

「あー、ハルキ、それって、偏見じゃなーい?」

「そうだぜ、ハルキ。そういうことだから、人種差別ってのはいつまでもなくならないんだ」

 アラタがしかつめらしく。


 そんないつも通りの他愛ないやりとりをしていると、ハルキたちが座るテーブルの前に、突如、矩形の映像が浮かび上がった。

 空間に投影される三次元立体映像ホロ・プロジェクション。普段は決められた場所でテレビ番組が放映されるだけだが、カフェテラスに並ぶテーブルごとに浮かんでいるのを見ると、緊急放送が始まったようだ。


 その映像に映るのは、ここプラセンタを束ねる最高権力者である、ロベルト・タランティーニ大統領。

 前年末、ここプラセンタの初代大統領プレジデントから後を引き継ぎ、二代目の大統領に選任された、アルゼンチン生まれの人物だ。有能ではあるものの、左よりで、やや苛烈な発言をすることなどで知られる。

 そのロベルトは今、壇上に上がり、真摯な眼差しをこちらへと向けている。


〈プラセンタ国民の皆さん、ただ今より、ロベルト大統領より、皆様の未来を決める重大な発表が行われます。お食事中の方も多いかと思いますが、どうかしばし箸の手を休めて、ご静聴ください〉

との合成音声による前触れが伝えられると、少し間を置いてから、ロベルトがゆっくりと口を開いた。


「世界はどこにあるのか。まず皆さんに、それを問いたい」

 と厳かな問いかけから入り、

「『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』の混迷から八年を経て、今ここプラセンタには、平和があります。その平和は、旧時代のそれよりも、穏やかで豊かだとも言われる。だが、その平和に甘んじているばかりでいいのだろうか。世界はどこにある――このプラセンタも、一つの世界です。ただ私達が本来いるべき世界は、ここではない。父なる大地、母なる海が広がる地上は、未だ悪魔に弄ばれて、苦しみ喘いでいる。その苦しみを――本来あるべき姿に戻すために、我々は尽力しなければならない。悪魔を屠らねばならない。そのための計画が、今日最高評議会ハイ・カウンシルにおいて可決されたことを、ここに伝えさせていただきます」


 ロベルトは言葉を切ると、両手を広げた。

 同時に、ロベルトの頭上に、三次元立体映像ホロ・プロジェクションにより、ある文字列が刻まれる。



 Operation Phoenixオペレーション・フィーニクス



 その作戦名が示されると同時に、聴衆に、ざわめきが起こった。


「この作戦を決行するに至った契機は、数日前、これまで覆い隠されていた『Torarトーラー』の秘密要塞の在処を、ようやく突き止めることができたことによります。我々世界再生機関リバースは、すべての力を結集して、その要塞へと全面攻勢をかける。最強のロボット兵器であるジョシュア、最強の戦闘機であるアルツ・ヴィマーナ、最強の戦艦であるエノシガイオス――それら三機をもって戦いへと望めば、勝利は果たされ、我々が再び、地上の世界に返り咲くことに、一片の疑いもない!」

 高らかに宣言すると、ロベルトは、背後に描かれた、世界再生機関リバースの象徴である、伝説上の不死鳥が描かれたエムブレムに向き、左胸に手を添えて瞼を閉じると、しばらくそのまま祈りを捧げるようにした後、再び向き直り、より語勢を強めながら、

「黎明の時は来た! これより、不死鳥が羽ばたき、真なる世界の再生が始まる! 我々は、世界再生機関リバースを筆頭に、必ずや、そのオペレーションを成功の内に収め、このプラセンタを礎として、新たなる世界を築き上げることを、このフィーニクスの元に、固く誓い、宣言する!」

 力強く言葉尻を上げながら、雄弁が終えられると、聴衆からは、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。


「……ねえ、これって、戦争が起きる、ってこと?」

 盛り上がる聴衆とは裏腹に、訝しむように演説を耳にしていたカホが、不安げに尋ねかけた。


「みたいだな」

 素っ気なく答えたアラタだが、彼もまた、普段は見せない難しい顔をしている。

「無謀な作戦だよ。成功するわけがない」


「でも、成功したとしたら、私達は、また地上に戻れるってことでしょ?」

「無理だって。要塞が見つかったってのも、どうせあっちから仕かけた罠なんだよ。まんまと誘き寄せられて、俺達の希望は、全部絶たれちまうんだ。ダヴィデ大統領が生きてさえいてくれたら、こんな無謀なんてやらなかったはずなのにな」


 ダヴィデ・バルザレッティ。ロベルトが就任する前の大統領の名だ。

ダヴィデは、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』の際、爆撃に晒される地上から、このプラセンタへと逃げ延びる際の陣頭指揮をとった人物であり、彼の采配によって多くの民衆が救われたことで、その名に因んで、『導きの星マーゲン・ダヴィデ』とも呼ばれている。救済の英雄であり、彼がいなければ、数百万人が、悪魔の降らす炎によって焼き尽くされていたことだろう。

 その功績を称え、民衆からの厚い支持を受けて、プラセンタの初代大統領に選任された。透明でクリーンな政治をプロパガンダに掲げ、統治者としての名声も高まってゆくばかりだった。

 それが、今から三年前に起こったある事件によって、返らぬ人となってしまった。


「ロベルトは、自分の我が儘を押し通すために、ダヴィデ大統領を殺しやがったんだよ」

 とアラタが怒りを露わにしながら。

「ダヴィデ派の集会があってたビルが爆破テロにあったの、お前も知ってるだろ?」


「ちょっと……」

 ミカが、片手を挙げ、アラタを制す。


「あ……」

 アラタが、思い至ったように、はたと口を噤む。


 ハルキは、思わず顔を顰めて眉根を寄せていた。心中、穏やかではいられない。

 三年も前のことになるが、まだ当時の記憶は薄らいではいない。

 サミーが、声を失うことになった事件でもあるから。

 サミーの父親は代議士であり、ダヴィデ大統領を支持していたことから、妻を連れ添って、その集会に参加していた。

 その時に、爆破テロが起きたのだ。


その首謀者は、『der Ubermenschデア・ユーバーメンシュ』--通称『デア』の名で知られる、地下テロ組織だと言われている。

 その『デア』が起こした爆破テロは、死傷者が百名を超えるという凄惨さだった。生存者はゼロ。サミーの両親も、爆発に巻き込まれて、返らぬ人となってしまっていた。


 まだ六歳になったばかりだったサミーは、自宅で留守番をしていたが、その悲報を聞き、幼い精神に大きな負担を強いられたことで、それ以来、声を出せなくなってしまった。

 その後、優しい叔母夫婦に引きとられたサミーは、その移り住んだ家の近所に住んでいた、ハルキという、実の兄のように可愛がってくれる存在とも知り合えたこともあり、愛玩ロボットであるピィと共に、明るく振る舞うこともできるようになりはしたが、まだその心中の傷は、完全に癒えてはいないだろう。


 ハルキとしても、あのテロを未だに許せないでいる。

 だが、どうすることもできない。

 警察でさえ手をこまねいている地下組織が相手であり、そのテロ活動が活発化するに従い、自警団アテ―ナーが設立されはしたものの、気休め程度にもなっていないというのが現状だ。

 適格者とは言え、平凡以下の落ち零れでしかない自分は、ただやり場のない怒りを抱えたまま、傍観するしかできないのだ。


 そんな焦れた思いに駆られるハルキを、アラタとカホが、気まずそうに見ているしかできないでいると、ハルキが手首に巻いた装身型携帯ウェアラブル・フォンが電子音を鳴らした。


 ハルキは、その小型ディスプレイに示されたメッセージを読むと、

「俺、そろそろ行くよ。今度の作戦のことで、臨時集会があるらしいから」

 とまだ半分近くカレーが残っているプレートを両手に抱え、ガタリと席を立った。


「……ハルキ……」「……ハルキ……」


 二人の視線を背中に感じながら、そんな自分を恥じていた。


 アラタたちが悪いわけじゃない。なのに、あからさまに不快を示してしまった。

 やっぱり、俺はダメなやつだ。

 他人のことより、自分のことで頭が一杯。


 そんな情けない俺は、世界の行方を左右する作戦が決行されたところで、ただ後ろに隠れて怯えているだけ――。

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