歓声から離れて
「ハルキってば、またカレー? よく飽きもせずに、いつも同じものばかり食べれるよね。その内、中身までカレーになっちゃうよ?」
学生食堂に設けられたカフェテラス。そのテーブルを一緒に囲んでいるのは、アラタとカホ。韓国系日本人であるカホともクラスメイト同士で、昼食の際は、いつも一緒にふざけ合ったりしながら食事を摂っている。
「ほっとけよ、カホ。ハルキは、スパイシーな男ってやつを目指してるんだ」
と、トレーに載せられたB定食のアスパラガスを箸の先でつつきながら、アラタもからかいを向けてきた。
「好物なんだから、別にいいだろ。それに、カホだって、七割方パスタじゃないか」
と反撃を返す。
「一緒にしないで欲しいなあ。パスタはパスタでも、今日はカルボナーラ。前はペペロンチーノ。その前はクリームパスタ。私は、日によって種類を変えてるの。辛ーいペッパーたっぷり味わいすぎて、味音痴になってしまったインド人なハルキ君とは違うんでーす」
カホが、片手でフォークをくるくると回しながら戯ける。
「韓国系だってんなら、辛いキムチだけ食ってろよ」
「あー、ハルキ、それって、偏見じゃなーい?」
「そうだぜ、ハルキ。そういうことだから、人種差別ってのはいつまでもなくならないんだ」
アラタがしかつめらしく。
そんないつも通りの他愛ないやりとりをしていると、ハルキたちが座るテーブルの前に、突如、矩形の映像が浮かび上がった。
空間に投影される
その映像に映るのは、ここプラセンタを束ねる最高権力者である、ロベルト・タランティーニ大統領。
前年末、ここプラセンタの初代
そのロベルトは今、壇上に上がり、真摯な眼差しをこちらへと向けている。
〈プラセンタ国民の皆さん、ただ今より、ロベルト大統領より、皆様の未来を決める重大な発表が行われます。お食事中の方も多いかと思いますが、どうかしばし箸の手を休めて、ご静聴ください〉
との合成音声による前触れが伝えられると、少し間を置いてから、ロベルトがゆっくりと口を開いた。
「世界はどこにあるのか。まず皆さんに、それを問いたい」
と厳かな問いかけから入り、
「『
ロベルトは言葉を切ると、両手を広げた。
同時に、ロベルトの頭上に、
その作戦名が示されると同時に、聴衆に、ざわめきが起こった。
「この作戦を決行するに至った契機は、数日前、これまで覆い隠されていた『
高らかに宣言すると、ロベルトは、背後に描かれた、
「黎明の時は来た! これより、不死鳥が羽ばたき、真なる世界の再生が始まる! 我々は、
力強く言葉尻を上げながら、雄弁が終えられると、聴衆からは、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
「……ねえ、これって、戦争が起きる、ってこと?」
盛り上がる聴衆とは裏腹に、訝しむように演説を耳にしていたカホが、不安げに尋ねかけた。
「みたいだな」
素っ気なく答えたアラタだが、彼もまた、普段は見せない難しい顔をしている。
「無謀な作戦だよ。成功するわけがない」
「でも、成功したとしたら、私達は、また地上に戻れるってことでしょ?」
「無理だって。要塞が見つかったってのも、どうせあっちから仕かけた罠なんだよ。まんまと誘き寄せられて、俺達の希望は、全部絶たれちまうんだ。ダヴィデ大統領が生きてさえいてくれたら、こんな無謀なんてやらなかったはずなのにな」
ダヴィデ・バルザレッティ。ロベルトが就任する前の大統領の名だ。
ダヴィデは、『
その功績を称え、民衆からの厚い支持を受けて、プラセンタの初代大統領に選任された。透明でクリーンな政治をプロパガンダに掲げ、統治者としての名声も高まってゆくばかりだった。
それが、今から三年前に起こったある事件によって、返らぬ人となってしまった。
「ロベルトは、自分の我が儘を押し通すために、ダヴィデ大統領を殺しやがったんだよ」
とアラタが怒りを露わにしながら。
「ダヴィデ派の集会があってたビルが爆破テロにあったの、お前も知ってるだろ?」
「ちょっと……」
ミカが、片手を挙げ、アラタを制す。
「あ……」
アラタが、思い至ったように、はたと口を噤む。
ハルキは、思わず顔を顰めて眉根を寄せていた。心中、穏やかではいられない。
三年も前のことになるが、まだ当時の記憶は薄らいではいない。
サミーが、声を失うことになった事件でもあるから。
サミーの父親は代議士であり、ダヴィデ大統領を支持していたことから、妻を連れ添って、その集会に参加していた。
その時に、爆破テロが起きたのだ。
その首謀者は、『
その『デア』が起こした爆破テロは、死傷者が百名を超えるという凄惨さだった。生存者はゼロ。サミーの両親も、爆発に巻き込まれて、返らぬ人となってしまっていた。
まだ六歳になったばかりだったサミーは、自宅で留守番をしていたが、その悲報を聞き、幼い精神に大きな負担を強いられたことで、それ以来、声を出せなくなってしまった。
その後、優しい叔母夫婦に引きとられたサミーは、その移り住んだ家の近所に住んでいた、ハルキという、実の兄のように可愛がってくれる存在とも知り合えたこともあり、愛玩ロボットであるピィと共に、明るく振る舞うこともできるようになりはしたが、まだその心中の傷は、完全に癒えてはいないだろう。
ハルキとしても、あのテロを未だに許せないでいる。
だが、どうすることもできない。
警察でさえ手をこまねいている地下組織が相手であり、そのテロ活動が活発化するに従い、
適格者とは言え、平凡以下の落ち零れでしかない自分は、ただやり場のない怒りを抱えたまま、傍観するしかできないのだ。
そんな焦れた思いに駆られるハルキを、アラタとカホが、気まずそうに見ているしかできないでいると、ハルキが手首に巻いた
ハルキは、その小型ディスプレイに示されたメッセージを読むと、
「俺、そろそろ行くよ。今度の作戦のことで、臨時集会があるらしいから」
とまだ半分近くカレーが残っているプレートを両手に抱え、ガタリと席を立った。
「……ハルキ……」「……ハルキ……」
二人の視線を背中に感じながら、そんな自分を恥じていた。
アラタたちが悪いわけじゃない。なのに、あからさまに不快を示してしまった。
やっぱり、俺はダメなやつだ。
他人のことより、自分のことで頭が一杯。
そんな情けない俺は、世界の行方を左右する作戦が決行されたところで、ただ後ろに隠れて怯えているだけ――。
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