【Episode:04】 不死鳥への誓い ― Operation Phoenix―

朝会

「偉大なる哲学者ニーチェの遺した言葉に、こういう至言があります。『いつか空の飛び方を知りたいと思っている者は、まず立ちあがり、歩き、走り、登り、踊ることを学ばなければならない。その過程を飛ばして、飛ぶことはできないのだ』。皆さんも、いつか羽ばたけるその時まで、努力を怠ることを苦にしていてはいけません」

 メサイア高校の講堂に、アッシュブロンドの髪が艶やかな生徒会長美那川みながわ・クリフォード・サクヤの凜とした声が響く。


 波乱のピクニックを終えて、翌日の月曜の朝。

 恒例となっている週初めの朝会で、ハルキは他の生徒達にまじり、彼女の声に耳を傾けていた。


 メサイア高校は、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』以降、爆撃を逃れた世界中からの移民を抱えるプラセンタにおいて、多国籍高校として開校した内の一つだ。

 そのため、ハルキのような日本人もいれば、ノアのようなアメリカ人もいるし、今演説をしている美那川サクヤのようなイギリス人ハーフもいる。

 旧時代に、世界人類共同体ユニオンの統治下にあった世界では、英語が世界標準語として使われていたため、今では言葉の壁は存在せず、国籍が違う者同士であっても、クラスを分けさせられるということもなく、誰もが普通に親しみ合うことができている。

 校風としては、比較的自由な部類になるが、有名大学への進学率も高く、スポーツでも実績を残しているマンモス校として知られている。

 

「やっぱ美那川会長って、いつ見ても綺麗だよな」

 隣に並んでいた親友の槇野まきのアラタが、ハルキに喋りかけた。

「美人で頭がよくって、でもそれを鼻にかけてなくて、面倒見が良くて、誰からも好かれて愛される……まさに、パーフェクト、だな」


 最上級の称えようだが、誇張という程でもない。事実彼女はそういう人間であるし、ハルキとしても同じように思っている。校内だけに止まらないファンクラブまでができているのも、そんな彼女なら頷ける話だ。

 ただ、アラタのように、ミーハー感覚で彼女を好きになって、秘かな想いを向ける――なんてことはない。平凡以下である自分とは、同じ学校の生徒とはいえ、住む世界が違う――そういう線引きをしている。そう割り切ってしまえば、好意が恋愛感情に変わることもないし、羨み妬むこともない。


 自分だけがそういう考えってわけでもないだろう。

 身の程というものを弁え、自分に課せられた分だけを責められない程度に熟し、できないことは、できるやつに任せる――それが、社会というものの中で生きていくために必要な、暗黙の了解の一つであり、処世術というものだ。

 生徒会長であるサクヤは、偉人の言葉を借りてああ伝えたが、ハルキとしては、自分ができる範囲で努力しろ、ということだと受け止めていた。


「美那川会長も素敵だけど、なんて言っても桧川ひかわ副会長よね」

「私は、稲城いなぎ書記派かな。あのインテリな眼鏡姿が、ミステリアスなのよね」

 前に並ぶ女子生徒達が、隣同士囁き合うのが聞こえてきた。


 演説する美那川の後ろに立つ、生徒会役員の他二人。副会長の桧川ソウイチと、書記役の稲城シュウジ。

 桧川ソウイチは、美那川と同じ三年生で、長髪を後ろで結わえた、モデルのような高身長。

 稲城シュウジは、ハルキ達と同じ二年生で、眼鏡がよく似合う知的さを滲ませている。

 ソウイチについては、二年生であるハルキの先輩にあたるだけでなく、剣道の道場での兄弟子にもあたる。


 ハルキは、プラセンタに来てしばらくしてから、剣道を習い始めた。

 『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』で両親を亡くし、叔父に引きられることになったハルキは、その叔父がクリスチャンだったことから、毎週のように教会に通うことになった。

 その教会で知り合ったのがアレクシオ神父だったのだが、そのアレクシオに、何か武道でも習ってみたらどうか、と勧められたのが、剣道を始めるきっかけだった。

 気がすすまないながらも、その言葉を無下にするのも憚られて始めた剣道だったが、次第に仲間も増え、体力もそこそこについたので、今では道場に通うのが楽しみの一つとなっている。訓練でうだつの上がらないシミュレーションなんかやるより、よっぽど楽しかった。


 ただ、やはり剣道でも実力は振るわない。

 大会に出場したりもするが、決まって底辺をうろつくばかり。この先、どれだけ努力しても、上位に食い込むことはないだろう。はっきり言えば、才能がないのだ。

 だが、その道場の兄弟子であるソウイチは、そんなハルキであっても、見限ることなく、続けていれば自ずと結果はついてくる、と力づけてくれる。

 

 だから、たとえ結果がともなわなくとも、これから先、できるだけ続けていきたいと考えていた。

 無趣味な自分にとって、唯一もてている意義のあることでもあるから。


 この偽りの平和が、この先どれだけ続くのかにもよるけれど--。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る