落ち零れのD

 白亜のロボット兵器ジョシュアに搭乗するハルキは、鬱蒼と茂る森の中に身を隠し、虎視眈々と勝機の訪れを待っていた。


 敵の無人戦闘機ヴァルチャーは、上空をふらふらと彷徨っている。こちらを見失って、まだ気づいている様子はない。


 勝機の訪れを感じたハルキは、

「今だ!」

 叫ぶとともに、ブースターを全開にし、ジョシュアの白い機体を、空へと向けて疾駆させた。


 だが――。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 突如、コクピットが大きく揺れ、モニターにアラートが鳴り響いた。


 上空にいた一機は、陽動でしかなかった。

 それを餌に、他の敵機が、森の中に身を隠しているこちらの出方をうかがっていたのだ。


〈あなたは撃墜されました〉

 機械的な合成音声が、淡々と告げた。


     *


「はあ……」

 思わず、ため息が零れた。


 プラセンタB9区画にある世界再生機関リバース訓練施設ビル三階の休憩所。そのベンチに座って項垂れながら、ハルキは、いつものように劣等感に苛まれていた。


 毎週、月曜、木曜、土曜の三回に渡って行われるシミュレーション訓練。その結果を知らされる度に、同じ思いを味わわされる。

 自分は、ただの出来損ないでしかないって、思い知らされる。

 だが、サボるわけにもいかない。それは適正を持つ候補生カデッツとしてのカリキュラムの一環。それが決まり。この偽りの世界で生き抜いていくために必要な一つ。

 従うしかない。

 たとえ、どれだけ落ち零れであっても、それがルールであるなら。



「ハールキっ!」

 突然、うなだれるハルキの頭上で、女の子の声が響いた。

 浮かない顔を上げると、ノアがにっこりと笑みを向けていた。


 ノア・ラティスフール--肩程まで伸ばした煌びやかなブロンドの髪を後ろで結わえたこの少女は、ハルキと同じ候補生カデッツであり、クラスメイトでもあるアメリカ人の少女。ハルキと同じカーキ色の訓練服に身を包んでいる。


「はい、これ」

 とそのノアが、手にしていた柑橘系の清涼飲料水の缶を差し出した。


「差し入れか。悪いな」

 缶を受けとり、タブを開けて、ごくりと一口飲んだ。よく冷えた果汁入りの水が、訓練で渇き切っていた喉を潤わせる。


 ほっと人心地ついてから、

「ノアもシミュレーション受けてたんだな」

「うん」

 頷きながら、ノアは隣に腰かけると、

「ハルキは? ハルキもシミュレーション受けたんでしょ? 結果、どうだった?」

 興味深げに尋ねられて、

「いつもと同じだよ。Dプラス」


 評価のランクづけは、最高のSから最低のEまで。Dプラスっていうのは底ではない。

 だが、ハルキ以外の候補生カデッツは、全員既にC以上を獲得している。

 なので、『落ち零れのDディー・ファーレン・スピル』――周りからは、そう揶揄されている。

 それが事実であり、言い返すこともできず、その度に、ただ「はは」と笑ってやりすごすことしかできないでいる。

 それで反骨精神を起こして、なにくそと奮起するわけでもない。

 ハルキは、基本的に冷めているのだ。

 人それぞれに資質というものがあり、自分にやれるのはそれくらいだと諦めている。


「そう……なかなかCに上がれないね……」

 ノアが、自分のことのようにしょんぼりとする。


「まあ、俺としては上々さ。気長にやるよ。それより、そういうノアはどうだったんだよ」

「私は……」

 目を逸らして言葉を濁らせた。


 聞かなくても分かる。いつもと変わらず、最高評価のSランクだったはずだ。

 ブレインBコンピューターCインターフェイスI・システムによって、自意識と同調シンクロした自機は、脳裏に思い浮かべただけで、その通りの動きをとるが、それも、パイロットの能力如何によって左右される。

 そのシミュレーション戦で、ノアは、シミュレーターが次々と生み出す敵の戦闘機部隊ヴァルチャーズを、巧みな操作でかわし、一機、また一機と華麗に撃墜していく。

 その録画映像ビデオがお手本の教材とされるくらいに。

 それも当然。あの巨大な戦艦エノシガイオスを、たった一人で操縦することができる程の能力を持っているのだから。


 そんなノアは天才。

 ロボット工学の権威である父親と、旧来のブレインBコンピューターCインターフェイスI・システムの技術を革新的に向上させた母親――二人の天才科学者の間に、生まれるべくして生まれた申し子。

 対して自分は、凡人どころか、それ以下の落ち零れ。

 それでもこうして仲良くしていられるのは、ノアの人柄がそうさせているだけ。

 誰とでも気さくにつき合えるノアでなければ、無視されるか、劣等感から自ら遠ざかるかのどちらかだろう。


「それより、訓練終わったんだったら、今から街に出ない? 観たい映画があるんだよね。話題の恋愛もの」

 答えを避けて、ノアが提案した。才能は特別だが、こういうところは、至って普通の女の子である。


 ハルキは、装身型携帯ウェアラブル・フォンのデジタル時計をちらりと見やってから、

「別にいいけど、でももう六時前だぞ? 遅くなると、ソフィアさんに怒られるんじゃないか?」

「母さん、今日は仕事で研究所に泊まるんだって。だから夕食は外で摂るって言ってあるから」

「そうなのか。相変わらず忙しそうだな」

「ラボの主任だからね。でも研究が趣味みたいなものだから、特に辛くもなさそうだけど」


 ノアの母親である天才科学者ソフィア・ラティスフールは、現在は、世界再生機関リバースの軍事研究施設で、研究室の主任を務めている。多忙を極めているため、職場で寝泊まりすることも多く、ノアは自宅では一人ですごすことが多い。

 物わかりのいいノアだから、それで不満を零したりはしないが、寂しい思いをしていることは言わずとも分かる。

 だから、一緒にすごしたいと誘われた時は、なるだけつき合うようにしている。

 落ち零れの自分が、天才のノアにしてやれることと言ったら、それくらいのことしかないから。


「研究が趣味だなんて、ソフィアさんらしいよな」

 返しながら立ち上がり、

「それじゃあ、着替えを済ませて出るか」

「うん。楽しみだなあ。映画なんて久しぶり」

 嬉しそうに言うノアとともに、休憩所を出て、ロッカールームへと向かった。


 恋愛ものなんて柄じゃないけど、たまにはいいだろう。

 ヒーローが活躍するアクションものなんかを観て、自分の落ち零れ加減を思い知らされるなんてのよりも、幾分は気晴らしになるかもしれない。


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