【Episode:02】 大いなる災禍 ― Fatal Catastrophe ―

偽りの平和

 今から十年前のある日、世界は、震撼した。


 ある未曾有の災禍によって。


 地下組織『Torarトーラー』によって、世界同時多発テロという大々的な目くらましがされる中、宇宙空間の静止軌道上へと打ち上げられた対地攻撃衛星兵器サテライト・ウェポン--『怒りの日ディエス・イレ』。


 サイバーテロによるハッキングにより、宇宙太陽光発電SBSPシステムである『ヘリオス・ドライブ』という、無尽蔵とも言えるエネルギーの供給源を得たその『怒りの日ディエス・イレ』が、超高出力の自由電子レーザーによって、地上への爆撃を始めたのだ。


 初めに、世界を統治していた世界人類共同体ユニオンの主要機関が爆撃を受け、またたく間に瓦解させられると、次に、列強諸国の主要都市――と『怒りの日ディエス・イレ』は、手を休めることなく、降らせる獄炎によって、地上を焦土と化していった。

 爆撃に遭った無辜の者達は、その血を流すことさえないまま、刹那にその身を焼き尽くされた。


 その終末思想が現実のものとなって歓喜する宗教的ペシミストらなどは、当初の内は、こんな風に吠え立てていた。

 「これは、神を、態のいい道具としてしか扱わず、蔑ろにしてばかりいたお前達の罪深さを許すことができなくなった神が、断罪の審判を下され、死をもって購わせようとする裁きの光を降らせておられるのだよ」――。

 だが、そんな彼らも、世界が次々と焦土と化していく様を見せられていく内に、怖じ恐れながら、他の者と同じ末路を辿っていった。


 『怒りの日ディエス・イレ』は、その始まりからたったの七日間という短さで、世界を壊滅状態に追いやった。

 それまでの歴史の中で、最大規模の破壊と、どんな嗜虐的な独裁者も果たさなかった、残虐な大量殺戮ジェノサイド

 宗教で語られてきた終末――最後の審判ドゥームズ・デイは、神の手ではなく、人の手によってであった。


 その七日間に渡る破壊と大量殺戮は、万感の畏怖をこめて、『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』と呼ばれている。


 その災禍を起こしたのは、たった一人の少女。

 その名は、シオン・アルヴァレズ。

 若干六歳にして、MITの博士号を取得した、人類史上最高の頭脳を持つとされた、アメリカ生まれの天才少女だ。

 地下組織『Torarトーラー』は、『怒りの日ディエス・イレ』の打ち上げに成功した時点で、そのトップの座にいた枢機院のメンバー全員が、自害を果たしていた。

 世界の破壊を、シオン一人に委ねて。


 たった、一人の少女。

 そう、たった一人の少女だけが、敵なのだ。

 その少女を相手に、なす術もない。


 その一人の少女によって起こされた『大いなる災禍ファータル・カタストロフィ』の中で、生き残った僅かな人類は、壊滅した世界人類共同体ユニオンが地下深くに建造を進めていたジオフロントであるプラセンタへと逃げ延び、そこを隠れ蓑として、今日まで生き延びてきたのである。


 瀕死の世界で、このプラセンタという巨大な穴蔵の中にこもりながら、ただ死なないようにやりすごすことしかできない。

 たとえそれが偽りの平和だとしても、その居心地のよさに、安寧を見いだしながら。


「――このように、多くの悲劇を生んだ「大いなる災禍ファータル・カタストロフィ」ですが、それから十年、残された人類の希望の砦である、ここプラセンタでは、世界再生機関リヴァースが、再びの再興を掲げて尽力し――」

 扇を広げたような教室の最下段にある壇上では、初老の先生が、空間に投影される三次元立体映像ホロ・プロジェクションによって描かれる解説に従いながら、弁をふるっている。

 だが、まともに耳を傾けている者は、数人程。週末の金曜日とあって、放課後や休日をどう過ごすのかなどの雑談で騒がしい。初老の先生は、特に咎めるでもなく、ただ淡々と授業を進めるだけ。


 窓際の席に座るハルキもまた、聞き流す程度で、視線は窓外へと向けられている。

 誰もが、無関心。

 それは過去に起こった出来事。

 まだ十年という歳月しか経てはいないが、それでもあんな悲劇なんて二度と起こるわけがない。

 そんな風に楽観できるようになるには、十分な歳月だった。


 過去を振り返るのは、ただの体裁。

 今が平和であれば、それでいい。

 この穴蔵に籠もってさえいれば、大丈夫。


 別に、それでかまわないじゃないか。


 あの青い空が、擬似的に織りなされたイミテーションであるように、この平和が、本物じゃないとしても、それで幸せでいられるのなら――。

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