【Episode:01】 終わらない悪夢 ― Unfinished Nightmare ―

悪魔の嘲笑


 吹きすさぶ砂塵が舞うだけの、荒涼とした大地。

 その大地が抉りとられて穿たれた、巨大なクレーター。

 それも一つだけではなく、時にその身を重ね合わせながら、焼け尽くされたような鉛色の空と交わるまで続いている。

 無闇やたらに踏み荒らされたように。


 そこには、小動物一匹の姿もないどころか、草木一本生えていない。

 生命の息吹が、そこには感じられない。

 傷つけられ生気を欠き、終わりを迎えた、死の大地――。



 六つのウインドウに分割され、空間に矩形の映像として投影されているその三次元立体映像ホロ・プロジェクションを、秋南あきなみハルキは、制御盤に足を投げ出しながら、ぼんやりと眺めていた。


 地中深くに広がる巨大なジオフロントであるプラセンタのD6区画にある、世界再生機関リヴァースのセキュリティ・ホール。その五階にある監視室。いるのは、ハルキ一人。すべての警備業務は、コンピューターの自律制御に任されており、人手は必要としない。


 暇つぶしに、ウインドウの一つから音声を拾ってみたりもするが、風の音が鳴るだけ。それ以外、別段変わったところはない。


 おもむろに、眺望に向けていた視線を落とし、胸に提げたペンダントのトップを開く。

 中には、一枚の写真が収められている。

 

 今は亡き家族――今や灰となって失われた生家の庭で、両親に挟まれながら、幼き日の自分が映っている。

 皆、にこやかな笑顔。

 父親も、母親も、自分も。

 その母親の膨らんだお腹には、新しい命が宿っている。自分の弟となる男の子。

 だが、それも、既に記憶にしかない過去のことでしかない。

 愛する家族も、新しく生まれるはずだった命も、既にこの世にはない。


 記録としてデータ上に残った映像は、鮮明なまま、あの時を残している。

 忘れないようにと、それをこうして日々眺めながら思い返すことを繰り返してはいるが、しだいに薄れ、色褪せていくことは避けられない。

 記憶の中にある家族は、時を追うごとに、どんどんと離れて行き、その背中を掴もうとするが、もうその手が届かないくらいにまで遠ざかってしまっている。

 いつしか、その姿が霞んで見えなくなってしまうことも、避けられないんだろう。


 そんな風に過去を儚みながら追憶していると、ふいに、三次元立体映像ホロ・プロジェクションの端に、小さなウインドウがポップアップした。この監視室の入口の前に立つ、一人の赤い髪をした少年の姿が映っている。


「ドアを開け。お客様をお通ししろ」

 ハルキの声に応じて、その背後の壁にあるエアロック式のドアが、ぷしゅうと空気が漏れる音を立てながら横にスライドした。


「サミー、ここへなにをしに――」

 椅子を回転させて向き直ろうとしたところ、

「こら、ハルキ! また裏バイトやってたな!」

 甲高い合成音声に咎められたかと思うと、眼前を舞っていた文鳥程度の体躯をした鳥形のロボットに、いきなり嘴で頭を小突かれた。


「つっ!」ハルキは呻きながら、「やめろって、ピィ」と両手を振って必至に防ごうとするも、

「ハルキ、落ち零れ! ハルキ、ていたらく! ハルキ、使えない!」

 それでも鳥型のロボット『ピィ』は、罵りながら小突くのをやめない。


「謝るから。俺が悪かった。もうやめてくれ」

 白旗を上げたことで満足したのか、ピィは、パタパタと翼を羽ばたかせハルキの元を離れると、入口の開かれたドアの前に佇んでいた少年サミーの元へと舞い戻り、その肩に乗った。


「サミー、ピィをけしかけないでくれよ」

 ハルキが、澄まし顔をするピィを一瞥しながら。


「ハルキが不良だからいけないんだよ」

 サミーが眉をひそめながら、自らの口を動かすことなく、ピィに応じさせた。


 彼は口が利けない。なのでピィは、愛玩ロボットというだけでなく、彼の代弁者でもある。幼くして両親を失ったことによるショックで、失語症に陥ってしまっているためだ。

 ピィは、そんなサミーの脳波を受信して、思ったことをそのまま合成音声として発することができる。ただの玩具のように見えて、実はかなりの高性能なのだ。


「またデニスさんに頼まれて、裏バイトやってたんでしょ」

「まあな。これが俺の一番の稼ぎなんでね」

 悪びれることなく答えた。


「デニスさんは?」

「デニスなら、今頃バーで酒飲みながら、賭けポーカーでもやってるんじゃないか?」

「こんな昼間から? しょうがないね、ほんと」

「だよな。ダメな大人の見本だ」

「ハルキも他人のこと言えないでしょ?」

 苦笑するしかない。幼いサミーの方が、よほどしっかりしている。


「そんなことより、ここへ何をしに来たんだ? 遊びに来たのか?」

「こんな面白くない場所に遊びになんて来るわけないでしょ。呼びに来てあげたの。アレクシオさんが、アップルパイを焼いたから、皆を呼んで来てくれって言うからさ」

「そうだったのか。他に誰が来るんだ?」

「いつものメンバーだよ。もちろん大食らいのジークも呼んであるからね。もたもたしてると、僕達の分がなくなっちゃうかも」

「それは困ったな」

 と笑いをまじえて返してから、

「でも、なんで携帯モバイルで連絡しようとしなかったんだ?」

「したよ。だけど、繋がらなかったんだ」


 言われてハルキは、腕に嵌めた装身型携帯ウェアラブル・フォンを見やった。モニターは真っ暗なままで、電源ボタンを押すと、容量ゼロと表示された。


「いけね。昨日の晩、充電するの忘れてたんだっけ」

 と片手の指で頭を軽く叩く。


「あいかわらずうっかり者だなあ。しっかりしてよ。僕より十近く年上なんだからさ。だいたい――」

 突然、途中で言葉を切ったかと思うと、サミーは、「ひっ!」と息を飲んで、そのつぶらな瞳を、怯えるように大きく見開いた。


 ハルキが怪訝に、その視線を追って、監視映像へと向き直ると、ウインドウの一つに、ごつごつとした岩肌に囲まれた中、目玉のような形状をしたロボットが、ふわふわと浮いているのが映っていた。


 サーチ・アイ――またの名を、『残酷な眼差しサディスティック・ゲイズ』。

 獲物を求めて地表を彷徨い、標的を得ると、容赦のないレーザー砲撃を浴びせかける自律稼働型の殺戮兵器だ。


「大丈夫だよ、サミー」

 椅子を立ち、その元へと寄りながら、努めて穏やかな口調で。

「あいつは、こっちを見てるみたいに思えるけど、実際はモニターの向こう側にいるんだ。こっちに気づいてるわけじゃない」

「……うん、分かってる」

 サミーが力なく頷く。


 と--。


 ふいに、遙か遠く、暗灰色の空を割るようにして、一筋の光が閃いたかと思うと、空気を震わせながらスピーカーを割るように、轟音が響いた。


「うわぁああああっ!」

 頭を両手で抱えながら、サミーが叫声を上げる。


 ハルキは咄嗟に、その小さな身を庇うように抱いていた。


 程なく、轟音が鳴り止み、室内に静寂が戻って来たところで、

「……ハルキ、痛い……」

 抱き締められていたサミーが、喘ぐように呟いた。


「ああ、悪い。つい力を込めすぎた」

 ハルキがサミーの身体に回していた両手をさっと離して、立ち上がる。


〈遠方で、再びの爆撃が行われたようです〉

 女性的な合成音声が、スピーカーから流れてきた。

〈ですが、このプラセンタには影響がないと思われるので、ご安心ください〉


「だそうだ。なんてことはない、いつものこけおどしの爆撃さ」

 殊更明るい調子で言うと、

「それじゃあ、そろそろアレクシオさんが待ってる教会に行くか。丁度腹が減ってたんだ。はやくご馳走にありつきたいよ」

「警備のバイトはもういいの?」

「給料分は働いたさ。どうせ、全部コンピューターがやってくれるんだ。警備員なんてお飾りでしかないからな。誰もいなくたって、どうってことないよ。今みたいな爆撃があったって、このプラセンタには傷一つつけられないんだからな」


 ハルキは答えて、まだ不安な顔でいるサミーの小さな肩に手を回すと、二人でドアの方へと向かった。


 背後に映るのは、新たに穿たれた巨大なクレーター。爆撃は、サーチ・アイをも飲みこんで、大地に新たな爪痕を刻んでいた。


 地上には、もう一人の人間もいない。他のどこを探したとしても。

 それなのに、あの悪魔は、まだ飽き足りないのか、この滅びかけた世界に、さらにその禍々しい牙を突き立てようとする。

 毎日のように。

 無情に。

 無意味に。

 無作為に。


 どこからか、その愉悦に浸る悪魔の嘲笑が聞こえてきそうだった。


 ――いつ、終わるのかな、この悪い夢は……。


 小さく歯がみしながら、サミーと一緒に警備ルームを出た。

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