ECHO(エコー)

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ココハ…ドコ?

ボクハ…ダレナノ?









「君はまだ生まれてない。だからまだ誰でもない。

君は胎児なんだ」


男の思念は機械を介し、胎児が理解できる波長で伝えられた。


「…いや、胎児という呼び方はもはや古い。ここは母親の胎内ではなく、「工場」だ。人類が自然生殖を退け、効率を重視した結果だ。


君の体はまだ未熟で、五感も発達していない。だが、胎児にもある種の感覚があり、機械を介して対話ができるのだ。


その感覚は古くから思念、第六感、テレパシーなどと呼ばれてきたが、近年、科学の進歩によりその存在が実証された。


そして、生まれる前の胎児にも「選択の自由」を認めることになった。君たちには自由意志があるのだから」


今度は胎児の言葉が、機械を介して男に伝えられた。


「ぼく、よくわかんない」


意志があるとは言っても、知識も経験もないのだ。「彼」は子供らしく、退屈そうにふてくされた。

…そう言うだった。


「困惑させるつもりはない。単純なことさ。

君は「生まれるか生まれないか」を選べるんだ。

機械による思念の解析能力の向上、それに伴い法律も変わった。

これは生命の新たな段階に立たされた人類、および人間個人に付加された新しい権利だ」


男は胎児にイメージを伝えた。


「2つの扉が見えるかい?1つは「無に通じる扉」だ。

それを開けば君はもと居たところへ帰ることになる。

2つ目は「生に通じる扉」。開けば、君はこの世に生まれて来る」


胎児は、まだ出来上がってもいない両目ではっきりと見た。男は質問をした。


「君は生まれてきたいかい?」

「うまれたいよ!あたりまえでしょ!」


胎児は即答した。そんな質問を受けること自体、自身への侮辱と感じるのか、むきになっているようだった。男は意外とも思わず、穏やかに「それは本能だね?」と言った。


「ホンノウ?よくわかんない。でも、ぼく、すごくたのしみなの」


胎児はうきうきしていた。


「だって、みてよ。これ、ぼくのいのちなんだよ。とってもあっつくて、ひかってるんだよ」


輝きのイメージが、男の頭の中に伝わってきた。確かに眩いほどの輝きだ。その光は一心に、「生の扉」に向けられていた。


「ぼく、わかる。あのとびらのむこうは、きっとすてきなところだ。ぼくのいのちがそういってる。

なのになんでおじさんは、そんなかなしそうなかおをしてるの?」


男は淡々と自身の「仕事」を勤めたいのだが、機械は思念を読み取り、伝えてしまう。


「…君たちのことを不憫に思うからさ。

君はまだ生まれてない。だからまだなにも知らない。

知らないままいられたら良いのだが、それでは公平でない。

私は私の仕事をしなくちゃあな」


男は胎児に見せるべきイメージを見せた。

濃密に圧縮された情報は、胎児の脳の中で解凍され、展開し、広がった。




歴史。

罪。

災い。

競争。

苦難。

死、殺戮死流血涙、嘆き闘争格差破壊欲望は無慈悲に迷走が渦巻いて留まらず引き返せない過ちの繰り返し繰り返し繰り返し






「……………………………………………………………え」


胎児の小さな脳の中に、この世のことわりが注入された。

心は無垢なまま、知識だけを強引に突きつけられた。

胎児の心の目は、呆然と宙をさまよっていた。


「じんせいって…かなしいの?」


まるで生気を失っていた。


「いきるには、かたなくちゃいけないの?」


彼の熱い魂の、本能の輝く火をもってしてさえも、絶望の闇を明るく照らすことはできなかった。

無垢な瞳に憂いをいっぱいに湛えて、言った。


「だったらぼく、うまれてこないほうがいいや」


男は「ああ、わかっていたよ」と言った。


「会った瞬間から、君はそう決断するだろうと思っていた。

私は今まで、たくさんの胎児たましいに「これ」を見せてきたんだ」


胎児は、

まだ誰でもない「彼」は、無に通じる扉を選んだ。

彼はこの世に存在する前に、存在を断念した。


男は「彼」を社会不適合者とみなし、そのわずか数グラムの肉体を廃棄処分にした。人間工場のシステムは効率良く働き、「彼」を、新しい個体を培養するための養分として処理した。薬液とともにゴボゴボ音を立てながら、管の中へと吸い込まれてゆく…


こうして生存競争は生まれる前に終了する。

男が「彼」と対話したのは、現実の時間にしてみれば一瞬のことだ。

だが「思念」と「思念」の対話は、普通の対話とは違う。

男は現実にもどってくる時、いつも妙な感覚に襲われた。まるで、もっと長い時間を「彼」と過ごしたかのような。


「…そうだな、「無」は無条件で我々を受け入れてくれる。喜びはないが、悲しみもない」

「おい、なにをブツブツしゃべっている?」


男の横で働く同僚が言った。


「さっさと仕事を済ませてしまおう」

「私はもう、この仕事を辞める」

「仕事を辞める?正気か?

こんなに楽な仕事を辞めるなんて。

生まれるに値しない、精神の弱い魂をふるいにかけるだけだ。

適者生存。自然淘汰の過程を人の手で、より効率化することに貢献しているのだ」


「自然淘汰…」


男は神妙な面持ちで同僚に応えた。


「そうだな。その自然淘汰の結果、

今やこの地球上に、人間以外の生物は生き残っていない。

私は子供の頃、絶滅した過去の生物たちを、ホログラム図鑑で眺めるのが好きだったな」


色鮮やかな花や蝶、魚に鳥に、数えきれないほどの獣。

どれもか弱い者たち。


男は人間工場をあとにした。

だれも引き留める者はなかった。男の椅子には、すぐまた誰かが座る。




それだけのことだ。






END






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