第1話「春」

 見なれた天井とそこに向かって自らの手を伸ばす光景が目に入った。夢だと判断するのにそう時間は、かからなかった。差し伸ばす手を目元によこすと冷たいものに触れた。

―涙だ。

 寝ているうちに泣いていたなんて、まだ全然子供じゃないか。姉にデカイ態度をとって、一丁前にメイクを覚えてカッコ悪い。いや、恥ずかしい。

 少しだけ視線をずらし、窓を見やると白い光が薄暗い室内を照らしている。昨晩は雨が降っていたから気温がさがるだろうと溜息を零す。暦の上では春だというのにまだ肌寒い日は、さがってはくれない。


『私…皆に…会えて…よ…か…』


 ふいに夢を思い出す。ところどこらうろ覚えで、靄がかかったかのようにハッキリしていなかった。だが、どこか懐かしく、温かい気持ちになっている自分がいた。

「…変な夢。」

そう、腕で未だに流れては枕にシミを作るそれを押さえる。


 ♢♢♢

 春なのだから春らしく温かい空気を運ぶべきだと口を尖らせ真新しい黒で統一された制服に身を包む。こればかりは胸が高鳴る。なにせ如何にも女子が喜ぶであろうシンプルながらも洒落っ気のある制服だ、優越感というやつだ。まぁ、ずっとこれを着るのが夢だったというのもあるが。

 冷たい水で顔の隅から隅まで念入りに洗顔し、自分用のピンク色の歯ブラシを手に取る。口の中でブラシを動かし目の前のもう一人の自分と睨めっこ、父親譲りの目つきの悪い顔。母親譲りの桜色の髪を肩下まで伸ばしている。

 口いっぱいに広がるミントを水で流し、ブラシで寝癖のついた桜色の髪を髪を解く。仕上げにグロスを塗れば、少女吹風ミンの完成である。

 鏡の前で華麗にターンを決め決めポーズをとりどヤル。

「私、決まってる」

そんなミンを他所に家内で発砲音が響く。

 ミンの家は、極道であるためこんな事は日常茶飯事。スカートに隠れている部分の太腿に付けているホルスターに小型の拳銃を収め朝ご飯が並ぶ食卓に向かう。

 襖を開ければそこは厳つい男達が整列していた。額に汗を流し、慌てて並んだことが丸わかりだ。ミンは、溜息を零し呆れたように口を開く。

「おはよう、別にお父さんにチクったりしないからさ~肩の力抜いたらどう?」

 言えばアザス、お嬢!! と口を揃えて叫ぶ。朝っぱらから撃ち合いしていただなんて頭であるミンの父に知られては血の海になりかねない。

 むさ苦しい極道一家の朝にミンは不満げに二度目の溜息を零した。正直煙臭い部屋で到底朝ご飯なんて食べれるはずもなく、渋々玄関に向かい事前に掛けておいた学校、『アインクラウド魔法魔術学院』の真っ黒なローブを羽織る。お嬢行ってらっせぇ、と後ろからの声に振り返り

「うん、行ってきます。」

 ―新たな学舎へと向かう。


 ♢♢♢


「おはっすミン! 今日も爽やかな朝だね~」

なんて、語尾に音符が付きそうだ。

 ミンの家の前で昨晩の雨が残した小さな水溜りで遊んでいる少女。

小さな背丈に合わないほどの二つに括られ膝まで伸びた金髪を揺らしている。

 ドアの開く音に気付き、まるでミンが出てくるのを確信していたかのように無邪気な笑みを向けた。

 それは、アイスブルーの瞳にミンを映すとより一層濃いものになった。

「もう遅いよ~、先に行っちゃったかと思ったじゃん! 」

「ごめんって。別に待ってなくて良かったのに。」

少女、龍蛇コン。

昔からよく一緒に遊んでいる、所謂幼馴染だ。きっと伸びるからと、見栄を張って購入したダボダボの制服がより一層子供っぽさを強調している。

(本当ちっさいな…、もう成長止まったんじゃないの?)

なんてアッパーを喰らった幼馴染の男子を思い出すので心に秘めることにした。

「そいやさ、宿題やった?」

顔を上目遣いに覗き込む。

 三日前に入学したばかりだと言うのに昨日から早速宿題が出されていた。

流石名門校と冷や汗をかく。やったよと答えるとふいに静まり返る。先程まで煩かったのにどうしたのかとコンに視線をよこす。すると、なんともまぁ衝撃的だという顔をなされていた。

「やったんだ…ミンが! あのミンが!?」

「心外だな。」

「だってあのミンだよ? ミンだよ?? 」

「バカにしてんの。」

 だがしかし、ミンもつい最近まで宿題なんて資源と時間の無駄でしかないやつを相手にはしなかった。だが今はちがう。もう落第生は卒業するのだ。

「まっ、私ももう子供じゃないって事。生まれ変わったのよ、一から…いえ、ゼロからやり直すの! 」

 自慢げに鼻を鳴らし桜色の髪を掻き分ける。

そんなミンを腹ただしげに横目でみる。コンはしっている。これは生まれ変わっなんていない、ただの高飛車だということを。何年も一緒にいると分かってしまうものなのだろう。

「ふ~ん、まぁ別にかまやしませんケド? てかいつまでそこにいる気? 」

コンの言葉に変な声が出る。

 時間というか、距離というか、一体いつの間に学院についていたのだろう。

今ミンは、正門の真ん前でドヤ顔を決めていた。

周りを通り過ぎる生徒の視線が心無しか痛いのは、気のせいだと思いたい。


 ―「新学期早々…恥ずかしい。」


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妖怪館と秘密の友達 初心秋刀魚 @sanma424

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