第38話 地下七階(4)細工師の決断

「……どうだ?」


 穴を警戒しながら、黒騎士がヒウチに訊ねた。


「確かに、この触手の切れ端と近い物質を検知しておる。連中は無理やり穴を開けて下層から大量に這い上がってきたのじゃろう」

「階段を使う知能がないのか、面倒だからなのか。いずれにしても、こんな方法を取るのであれば、放置したら地上まで出て来てしまう可能性も考えられるな」


 黒騎士の言葉を聞いて、ヒウチはイヤな想像をしてしまった。

 しかし、かなり現実的な想像だった。


「この遺跡は魔王都から離れた飛び地だ。そのせいで、異変が起こってしまったのかもしれねえな。ま、素人考えだが……。なあ、どうしたらいいんだろう」


「調べましょうぞ、陛下」

「――名人がそう思う根拠は?」


 ヒウチは自慢のヒゲをひと撫ですると、皆に語りはじめた。


「ご存じのとおり、ワシは細工物の素材を取りに度々このダンジョンに潜っておる。普段はせいぜい地下五、六階ぐらいじゃの。そこまでで新種に出会ったことは過去一度もないし、こんな穴を見たこともない。

 新種たちの害が、ただ穴を開けるだけだったとしても、ここまでに見た尋常ならざる数のやつらが同じことをすれば、早晩ダンジョンが崩壊してしまうかもしれないし、地上に這い出して森を食らいつくし、街を襲うかもしれない。

 あるいは、もっと禍々しいものを迎えるために地ならしをしている、とも」


 魔王は生唾を飲んだ。


「いま、ここにいるワシらが手を打てば、救える未来があるかもしれん。

 ――調査を続けるんじゃ」


 まさかと思うが、モギナスはこんな事態を予測して、自分たちを迷宮に送り込んだのでは。そんな邪推が魔王の脳裏をよぎった。

 だとしたら、ロインを早々に送り返したのは正解だったのだろう。


「あの」


 サリブが手を挙げた。


「恐れながら申し上げます。最低線、これまでの経緯を城に知らせるべきかと。

 万一我々が全滅してしまった場合でも、被害を食い止めることが出来る」

「賢明じゃな、騎士殿よ」


 ウリブが驚いて妹の顔を見た。


「そんなことまで考えていたのか……」

「貴女は目の前の敵をブチ殺すことしか脳がないのでムリかと思うけど、将として軍や国家への被害を考える。――当然の思考ではないのですか、姉様?」

「い、言われなくても、分かってるそのぐらい」

「モメんなよお前ら」


 魔王がたしなめる。が、

 フン、と同時に鼻を鳴らす双子。

 動作まで同じなのに、何故こうも性格が違うのか。


「それならば」


 ヒウチがバックパックの中から何か取り出した。


「ワシが宰相殿への手紙を書きましょうぞ。それをこやつらに届けてもらう」


 彼が足下に置いたのは、熊、カエル、そして鳥のからくり人形たちだった。


『ふわワ……よク寝たゾ。お、家主カ。おハよウ』

『おハよウ、家主』

『クク』


「おはようさん。ちょっとお仕事してもらうかもっぽいぞ」


「それと、ラミハ。お主もじゃ」


 ヒウチは手紙を熊の背にくくりつけると、首からネックレスを外してラミハの首に掛けた。チェーンの先にぶら下がっていたのは、宝石を嵌めた鍵だ。


「師匠、一緒に行ったらダメなんですか!」


「この鍵は、エレベーターの鍵じゃ。いざという時のために持ってきておいた。これで真っ直ぐ地上まで上がり、こやつらと一緒に城に戻れ。その後、エレベーターは破壊する。あそこを連中に昇られたら、あっという間に地上に出られてしまうからの」


「でも!」


「これからお主らをエレベーターまで送る。ワシらの代わりに宰相殿に事態を報せに行くのじゃ。

 そしてお前たち。万一ラミハが動けなくなったら、置いて城まで行くのじゃ。

 いいか? この書状を宰相に届けるんじゃ。最後の一匹になっても遂行せよ。

 これは『絶対命令』じゃ」


『了解シタ。マスターのオーダーを遂行すル』

『了解シタ。マスターのオーダーを遂行すル』

『ククック…ピピピ…ク』


「一緒に連れていってくれるって言ったじゃないですか、師匠!」

「聞き分けろ。お主はドラス殿からお預かりしている娘じゃ。先ほども触手に捕まったばかりじゃないか。もう忘れたか」

「……」

「黒騎士卿に救われたから良かったものの、ひとつ間違えば、その辺で挽肉になっているモンスターと同じ運命を辿っておったかもしれんのじゃよ」

「でも……師匠だって、私には必要な人です。ここで死んでいい人じゃない。一緒に未来を見るんじゃなかったんですか」

「同胞の未来を守ることも、ワシにとっては大事なことじゃよ。お主の父やその仲間たちのように」

「でもぉ……」


 ラミハはヒウチにすがって泣いた。


「聞き分けのない娘じゃて。黒騎士卿よ、弟子を昇降機まで送り届けたい。担いでもらえるかの」

「承知した。では、参ろうか名人」


 じたばたと暴れるラミハを、黒騎士は軽々と肩に担いだ。

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