第37話 地下七階(3)魔王、確認する

 自国が管理している施設だからと、ここまで見知った敵ばかりだからと、全員に油断があったのだろう。

 見知らぬ敵の出現にPTは震撼した。


『このまま探索を続けていいのだろうか』


 皆、口にはしなかったが、困惑した顔には、そう書かれてあった。

 ――魔王と薬師を除いて。


 魔王は、異邦人で元一般市民。

 空想上の産物としてファンタジー世界の住人をいくばくか知るのみで、事態の深刻さを実感するに足る知識はない。


 薬師は、見た目こそウサギのような獣人だが、中身は千年紀を十も数えるほど太古の時代から、王都に住まう竜神である。

 神目線では、多少の異物混入など些細なことなのだろう。

 何かあれば自分が全て片付けるつもりなのかもしれない。


 迷いのあるまま探索を続けては、怪我人、死人が出てしまう。

 ここは何であれ、方針を決めた方がいいのでは。


「みんな、ちょっといいかな」

 晶は皆に声をかけると、立ち止まった。


「どうかしたのか、アキラ」

「俺には正直分からないことだけど、みんなの不安は伝わっている」

「あの、タコのような生物のことか」

「不安でもやもやしたまま探索を続けても、事故が起こるだけだ」

「我々は陛下に従うのみです!」

「姉様と同じです」

「君たちの勇ましさと忠誠心、有り難いと思ってる。

 でもな、迷いで腹の中がスッキリしねえ状態では、何かと判断を誤ったり、怪我人が出たりするから、そういうのよそうって提案をこれからするとこなんだよ」

「陛下の思慮深さ、私感服致しました。出過ぎたことを申しましたこと、お詫び致します」

 双子の姉が謝罪した。


「いいんだよ。ただ俺は、身内に怪我人を出したくないだけだからよ。

 それでな、一旦出直して魔物に詳しい人でも連れて来るか、危ないけど、とにかく下に行ってエネルギー鉱石を見つけて持ち帰るか、決めたいと思う。

 ちなみに俺は、目的が明確になるならどちらでも構わない。

 他に提案があるなら言ってくれ」


「俺は鉱石を探す方を選ぶ」

「私は閣下に従います」

「私もです」


「ワシも下へ行こう。見たことのないモンスターがいると聞いては、行かずにはおられんわい。ふっふっふ」

「私は師匠と一緒ならどこでも行きます」


「ニャンコはどう思う?」


『家主様、意見を聞いて下さって光栄だニャン。……僕も深い階層には行ったことがないから、分からないニャン。危なくないと言えばウソになるけど、こんな立派なメンバーなら、きっと大丈夫ニャン』

 ミミは胸を張って言った。


「ルパナは?」


「……すごくイヤな予感がする。でも、行かなければいけない気もする。

 あまりに危険なら、その先は、私一人で行く」


「一人で行かせるかよ」


「黙れ魔王。行かせられないのはお前たちの方。

 お前たちが死んだら、私がモギナスやパパに怒られる。

 私が帰れと言ったら帰れ。それが守れるなら、ついてきていい」


 魔王たちは顔を見合わせた。


「じゃ、じゃあ、行けるとこまでみんなで行く。そんでいいか?」


 薬師と魔王以外の全員がうなずいた。


                  ☆


 地下七階を探索していると、見慣れたモンスターとともに、件のタコモンスターなど未見のモンスターが、ちらほら混ざり出した。

 未知の連中と通路であまり遭遇しなかったのは、彼等の沸いている区画が、調査している場所から離れていたからと分かった。


「なんだここは……」


 比較的大きめの広間に入った時、一行は異様な光景を目の当たりにした。

 そこには、まだ新しい大量のモンスターの死骸があったのだ。

 あまりの凄惨さに、魔王とラミハは気分が悪くなった。


「争った形跡があるな……」

「閣下あれを」

 サリブが指し示した先に、食いちぎられた新種モンスターの体の一部が散乱していた。

「人型モンスターまで混ざってると、グロさに輪がかかるな」

 異臭に顔をしかめながら、魔王はマントで口元を覆った。

「これまでの階層では、モンスター同士がここまで派手に食い合う様を見たことがない……。しかし、我々の目の前のコレから想像するに、我々だけでなく、このダンジョンの先住者にとっても、新型は脅威だと思われる」


 修羅場に慣れているからか、黒騎士は涼しい顔で言った。


「閣下、ここを見て下さい」


 ウリブが部屋の隅で何かを見つけた。

 皆で近寄るとそこには――。


「なんだこれは……。床が、溶けている」


 離れて見るとゴミか汚れのように見えたものが、実は石造りの床が溶解液のようなものでドロドロに溶けて、黒い穴が開いていたのだ。


「もしかして、あのタコ共はここから来たんじゃ……」


 三人とも青い顔で穴を覗き込んでいる。

 彼等から見ても、明かに異常事態のようだ。


「ちょっといいかの」

 ヒウチが道具箱から魔導具を取り出し、穴に近寄った。

「どうされるのか、名人」

「これで分かるかどうかは保証出来んが、溶かしたものが何なのか、調べてみようと思うのじゃ」

「なるほど、だが急に敵が飛び出してくるかも知れませぬ。これは異常事態だ。あまり近寄らないように願います、名人」

「うむ。ラミハよ、灯りを持ってきてくれんか」

「はい師匠」

「ラミハ嬢よ、穴の中を直接照らさぬようにな。光に反応して襲われるかもしれん」

「わかりました、黒騎士卿」


 ――ごくり。

 またさっきのように、触手に襲われたらどうしよう。

 ラミハの恐怖が蘇った。

 ――だけど今はみんながいる。大丈夫。きっと。


 ラミハはランタンでヒウチの手元を慎重に照らした。

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