第36話 地下七階(2)深淵から這い寄るモノ

「うーん……。この階どんだけ広いんだあ?」


 魔王がぼやいた。

 城から持ってきた古い図面では、痛みが激しくこの階の詳細はほとんど分からない。そのため、大まかな広さを把握するため、なるべく一方向に進んでいたのだが。


「確かにちょっと、これまでの階よりすごく広いカンジですよね、魔王様」

「つか……広すぎんだろ」

「あまりに広い場合は、どこかにベースキャンプを設置するべきだろうか」

「俺にはわからん。判断はハーさんに任せる」

「うむ」


 それから十分後――。


「長い。長い長い長い。どーなってんだよ!」

「魔王様ぁ、さすがに、ちょっと疲れてきたかも……」

『ラミちゃん、ファイトだよ♪』

 鍵開け猫のミミがリュートを鳴らして激励している。

「姉様、この廊下、何かおかしくないか?」

「しらない」

 ウリブは妹の問いにそっけなく返した。

「ったく……」


「アキラ、皆どこに向かっているんだ?」

 薬師が傍らの魔王に尋ねた。

「どこってんじゃねえんだよ。このフロアの大きさが知りたいから、一方向に歩いてるだけさ。しっかし、とんでもなくデカいなあ、この階は」

「アキラ」

「なんだい?」

「この廊下」

「廊下がどうかした?」

「今で四周目」

「は!?」


 ――まさか、これは。無限回廊というやつなのか!?

 晶は戦慄した。


「そ、そういうの、早く言ってくれると嬉しいんだけどなあ」

「何故歩くのか。ルパナ、知らない。だから、教えられない」

「すまん、悪かったよ」


 薬師状態の彼女が、とてつもなく融通が効かず、空気も読めないことを思い出した。


「それはそうと……現在位置が分からないんだが」

「申し訳ない、陛下。座標が分かる道具を、うっかり仕事場に置き忘れてしまった」

「いやいや、構わないですよ名人。そっちは荷物がすごく多いし、しょうが無い」

「面目ござらん」

『え? 座標が知りたいニャン? 僕わかるよ』

「mjd」

「トンデモ多機能だな、ミミちゃんはー」

『へへー』


 結局、ミミとルパナのおかげでフロアの横幅だけは把握出来た魔王一行。

 今度は縦方向の測量が始まった。


「うっ、またこっちも無限回廊なのか?」

 魔王たちは、一周回って印を付けた場所に戻ってしまった。

「でも印があるから大丈夫ですよね、魔王様」

「ああ。これ気付かなかったら、どえらいことになってたぞ……」

「きゃああっ!!」

「どうした、ラミハ!」


 後方を魔王と並んで歩いていたラミハが、触手のようなものに足をからめ取られ、ずるずるとPT後方に引き摺られていた。


「たすけてえっ」


 一斉に方向転換をして駆け寄ろうとしたその時、


 ――ブンッ


「うお! ……こわっ」

「すまんアキラッ」


 犯人は黒騎士卿か。


 魔王のすぐ横を、光の帯が鈍い振動波を伴って通り抜けていった。

 あっ、と思う間もなく、真っ暗な通路を一瞬で白く染め抜いた。

 その到達距離は数十メートルはあっただろう。

 ここが無限回廊でもなければ、迷宮そのものを破壊していたのは間違いない。


 して、魔王から十数m先には――


「し、師匠~~~~~っ」

「待ってろ、いま助けてやるぞ」


 千切れた触手を腹に巻いたままのラミハが、石畳の上に転がっていた。

 触手は若干うねうねと動いていたが、皆が駆け寄る頃には動かなくなった。

 駆け寄ったヒウチが愛弟子の体から、吸盤のないタコの足のような不気味な触手を引きはがした。

 後から追いついたルパナが、辺りをランタンで照らすと、そこには、胴を大きくくりぬかれた怪物の死骸があるばかりだった。穴の内側はレーザーで焼かれたように綺麗に切りとられ、臓物や体液が漏れ出ることはなかった。

 魔王が全体像を推察すると、胴と触手――足が一体化した、タコのようなクラゲのような不可思議な生物と思われた。


「こいつ……初見か」


 ぶっといビームで敵を焼き殺した黒騎士が、しゃがみ込んでグログロしい敵の死骸を剣の先でつつき、転がしたりひっくり返したりしている。


「私も初めてです、閣下……」

「そうだね、姉さん」


 見たこともない怪物を前に、さしもの双子騎士も不安そうである。


「迷宮の底の方は、よくわからないものが棲んでる。昔と今では、いろいろ違うかもしれない」


 ルパナが触手を杖の先でいじりながら言った。


「危ないから、後ろにも剣士を置いた方がよさそうだな、ハーさん」

「ああ。ならば、俺がしんがりを務めよう。ウリブ、サリブ、前は任せたぞ」

「「はい!」」


 双子の顔に緊張が走った。

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