第13話 地下三階(3)細工師と地球ゴマ

「いよいよここから、地下三階じゃ。いきなり危険度が上がる。十分注意するんじゃよ」

 ドワーフの細工師はそう言うと、カバンの中から魔導具を取りだした。


 少しずつ直径が違う、細い金属の輪っかが三本。そして真ん中に、水晶柱。

 輪の直径は、手をひらき、小指から親指の先端を結んだくらい。

 水晶柱は人差し指の長さほどだ。

 接続部があるように見えないのに、輪と水晶柱はしっかりくっついている。


 細工師が魔導具を起動させると、水晶柱は淡く輝きだし、三本の金属の輪は水晶柱を内に抱きながら縦横に向きを変えて、展開していった。


「これは?」

 魔王が尋ねた。

「方角や地面からの深さを示す魔導具ですじゃ」

「地球ゴマみたいだな……」

 ぽつりと魔王が言った。


「はて、聞いたことのないものですな。それも陛下のお国の道具でしょうか」

「ああ。こんなふうに細い金属の輪が二本、一本の金属棒に貫かれて十字に交わり、真ん中には水晶柱ではなく、輪の内径よりやや小さい金属の円盤が嵌められている」

「ほう……。して、どのような道具なのですかな」


「道具、っていうもんじゃないよ。ただのオモチャさ。

 軸に糸を巻き付けて強く引っぱると、中の円盤が高速回転する。

 円盤はまあまあ重い素材で出来ていて、なかなか回転速度が落ちないうえ、どんな角度でも倒れない。不思議だし、面白いよな」

「魔法もないのに倒れないコマが出来るなんて、たしかに不思議だね~」

「これは魔法じゃない、物理法則を応用したオモチャなんだ。だから、精度が出せればこっちでも作れるよ。その精度がむずかしいんだが……」


「その物理法則ってなんです?」

 ラミハが訊いた。


「この世界で魔法以外のありとあらゆる現象のことだよ。

 物を落したら地面に向かって真っ直ぐ飛んでいくとか、矢を放ったらそのうち地面に落っこちてしまうとか、風呂場で栓を抜いたら渦が出来るとか、暖炉で部屋を暖めたらそのうち壁も暖かくなるとか、鳥が空を飛べるとか、そういう万物の理のことだよ」


「……考えたこともなかった」


「俺もない。だけど、そういうヒマなことを考えるやつがたくさんいて、原初の星では魔法もねえのに文明が進んだって話さ」

「おおお……行ってみたい。行ってみたいですぞ、陛下!」

「あはは……き、機会があったらね。で、そんな万物の理を応用して作られたものの一つが、地球ゴマなわけさ」

「どんな理なの? アキラ」


「この星だよ。いまいる大地が球だって知ってる人ー挙手」


 綺麗に魔族と人間が分かれた。


「ほう、さすが魔族のみなさん。一万年前でもすでに原初の星では、天文学が進んでいたから知っていておかしくないですな」

「そこの女子二名、凹まない。

 これは純粋に知ってる知らないの問題だから、原初の星だって学校で教わらなかった子供は、星が丸いなんて知らずに大人になる。気にすることはねえ。

 で、話を戻すとだな。星が球なのに、乗っかってる俺等がどーして落っこちないのかというと」


「「いうと?」」


「自分がギュンギュン超スピードで回ってるからさ。厳密に言うと違うけど、星をギュンギュン回すと重力っていう力が出来る。星の上の全ての物に重さを与えて、星にくっつかせる力だ」


「「すごい……」」


「それの超ちっこい版が、地球ゴマなんだよ。地球ゴマは、星が回ってどういう理が発生しているか、それを証明した実験器具みたいなもんなんだ」

「実験器具を玩具として量産、販売するなんて……。原初の星、まさに恐るべしですわ……」

 めずらしくマイセンがむずかしい顔をして、感心している。


「まーそんな調子だから、ビルカのやつは当分帰ってこねーだろうな。……金があるうちは」

「前魔王陛下は、なぜ原初の星に行かれたのですかな」

「こっちの生活に飽きたんだと。まあ俺から見ても控えめに言って娯楽少ないから、千年もすりゃあ飽きるかもなあ」

「OH……。ますます行ってみたいですぞ! 原初の星に!」


 晶は思った。このおっさんを向こうに連れて行ってはいけない。

 ビルカと同じく、ヒウチもまた、一瞬で破産してしまうだろうと。


                  ☆


 魔王一行が地下三階を進んでいくと、何度も何度も回転床のトラップに引っかかった。どんなに注意深く進んでいても、床のトラップは回避しようがなかった。


「はっはっは。さすがワシの発明品じゃて。これさえあれば、何度回っても大丈夫ですぞ陛下!」

「……よ、よく平気だね、名人。俺もうダメ……。うっぷ」

「私も……うっぷ……」


 晶とロインは青い顔で口を押さえている。


「まだある。酔い止め」

 薬師がキラキラヤモリを差し出した。


『『ぶんぶん』』

 晶とロインは首を振った。


「お嬢様あ~、もっと気持ち悪くなってからじゃ遅いんですよ? 陛下もイヤイヤじゃなくって、ダンナさんなんだから言ってやってくださいよ~」


 そうだそうだ、と帽子の上のカエルと熊も言っている。

 ちなみに鳥は大きいので、ラミハのバックパックにベルトでくくりつけてある。


「へいへい……」

 晶は渋々酔い止めを食べると、ロインにも食べさせた。

「これなあ、もうちょっと味の方をどーにかしてくれねえと、つれえわ」

「わかった。考える」

 兎耳の薬師は不服そうにうなづいた。


「しかしまあ、その甲斐あって、まあまあ稼げたんじゃないかな」

 ドラスがバックパックをぽんぽん叩いて言った。


「こっちの相場とか良く知らんけど、もう家が一軒建つぐらい貯まってたりとか?」

「いいえ、陛下。いいところ、一般市民の二三ヶ月分の生活費が賄える程度かと存じます」

「ありゃあ……。おいロインちゃんよ、これじゃあ結婚式、内輪でお食事会程度の規模だぞ? ガンガン稼がないと」

「ううう~……。もっとお宝が出るとこないの? いつまで経っても帰れないじゃなーい」

「と言われましても、お嬢様。ハイリスクハイリターンという言葉がございまして……」

「なにそれ」

「大きな利益を得ようとすれば、大きな危険がつきまとう、ということでございます。たかだか地下三階で息の上がる状況では、もっと深い階層に潜るのは、お命に科関わります。どうぞ焦らないで、御身の安全を第一に考えて頂ければと存じます」

「だからついてくんなって言ったのに」

 晶がじろりとロインを睨んだ。

「むう……」

「それを言ったら陛下も同じでございますよ」

 マイセンがすかさず釘を刺す。

「やーい、アキラも言われたー」

「ガキかよ(怒)」


 ……ああでも、こいつはまだガキでお嬢様だったんだっけ。

 見た目が西洋人で大人だから、ついつい忘れちまうよ。


 何かを察知したのか、ドラスが急に剣を抜いた。


「む、注意しろ! 虫だ! 団体さんで飛んでくるぞ!」

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