第12話 地下三階(2)熊一行、カエルを探す

『アア……なんと哀レな』


 朋友・カエルが人間に囚われている。しかも、口を塞がれる拷問まで受けて。

 一刻も早く救い出さねばならぬ。


『アア……許してクレ。俺がニンゲンを恐れテ逃げカクレしている間に、お前が囚われてシマッタなんて。友失格ダ……』


 久しく平和だったこの迷宮に、半世紀ぶりぐらいに人間が入り込んでしまった。

 人間は、迷宮の住人たちを惨たらしく殺し、略奪の限りを尽くしている。

 知人のウサギから危機を報された熊は、ただただ恐ろしく、隠れる場所を探して住処を逃げ出して来たのだった。

 だが、そのウサギも、後に無残な姿で再会することとなった――。


『ヤアヤア、見つかってしまうゾ。もう少しサガッテくれまいか』


 その背に熊を乗せている、造りモノの鳥……? いや、頭部は獣のようなソレは、小さくうなづくと、人間のPTから発見されぬよう、物陰に半身を隠した。


『シカシ……。我が友のみならズ、我がマスターまで囚われテいるトハ……。なんト恐ろしい人間タチなのだロウか。え? 助けを呼んダ方がヨイ、とイウのカ?』


 鳥のようなものは、こくりとうなづいた。

 背に乗せた友が、無謀なことをしはしまいかと心配なのである。


 熊たちは仲間を集めるべく、迷宮の中をひた走った。

 すると、生きたコインたちを見つけた。


『ヤアヤア、お前タチ、そこでナニをしているんダ? もし手があいテいるなら、カエルを助けル手伝いをしテくれまいか』


 コインたちはめいめいに、ライターのように小さな炎を吐き出して、熊に同意した。


 熊はさらに仲間を探した。

 しかし、大きな体を持つ者たちは、オモチャのような熊や鳥、小さなコインのお化けたちのために手を貸すことはなかった。


 途中、ベタベタした軟体生物と出会ったが、残念ながら彼等の足(?)は遅く、共に行動するのが難しかったので、手伝いたいという彼等の好意は丁重にお断りし、熊たちは再び人間たちの元に急いで戻った。



 ☆ ☆ ☆



「しっかし熊のからくり人形、見つかんねえなあ~」

 魔王・晶がぼやいた。


「どこ行っちゃったのかしら……」

 ロインが長く編み込んだ髪をもてあそびながら言った。


「この中にいることは確かじゃが、いると思った場所に行くと、別の場所に移動してしまっておる。まったく、どこをほっつき歩いておるんじゃ?」

 手に乗せた魔導具をじっと見つめ、ヒウチが小首を傾げている。


「ねー師匠、熊さんがいないと、どうなるんですか?」

 ラミハが投げやりに訊いた。もう疲れてしまっているのだろう。


「とある場所が通り抜けられなくなるんじゃ。見えない壁があって、ぐーっと、押し戻されてしまう」

「えええ」

「ラミハちゃん、疲れたかい?」

 ドラスが訊いた。

「うん。ちょっと……」

「じゃあ小休止すっか」

 と、魔王。


 PTは周囲を警戒しつつ、その場で少々休憩することになった。


『ううう……』

 カエルが、悲しそうな声でうめいた。

「よしよし、よしよし」

 ラミハは指先でカエルの背を撫でてやった。



 ☆ ☆ ☆



『アアッ! なんトいうことダ! 我が友ガいジめられテいるじゃないカ! 急がねば。待ってイロ、カエルよ』


 物陰からカエルの様子をうかがっていた熊は、鳥の背で歯ぎしりをした。

 もう猶予はない。いつカエルが殺されるかも分からない。

 連中が立ち止まっている今こそ好機である。


『サキホドの作戦ドオリだゾ』


 熊の随行者たちはうなづいた。


『イクゾ――!!!!』


 熊の号令で皆一斉に飛び出した。

 先行したコインたちは二手に分かれた。

 片方の部隊は、床からラミハの帽子まで一直線に並んで階段を作った。

 もう片方の部隊は音を立てずに人間たちの間を通り抜け反対側に出た。


 熊は、一瞬胸に沸いた恐怖を飲み込み、鳥の腹を蹴った。

 鳥は機械のような正確さで、リズミカルにコインの階段を駆け上がっていく。


 カエルに近づくにつれ、その哀れな姿が熊の目に飛び込んできた。

 片足はなく、口には粘着性のある固形物が詰め込まれている。

 ひどい拷問を受けたに違いない。

 熊の胸はからくりが弾けそうなほど痛み、己の臆病な行動を悔いた。


 ――モウスグ、お前を、救ウ。


 とうとう熊と鳥は帽子の上にたどり着いた。

 帽子の主は一言不平を漏らしたが、頭上を気にすることはなかった。

 熊は鳥の背から、カエルに手を伸ばした。


 カエルは振り向き、その目を見開いた。

 これが、物語に聞く白馬の王子というものか。

 となると、自分は姫なのか?

 カエルは咄嗟のことで、何が起こっているのか理解出来なかった。


 躊躇するカエルに熊は呼びかけた。


『サア、カエルよ! 逃げるのダ!』


 その声に人間たちが一斉に彼等を見た。


                  ☆


「わっ! なんだこいつ!!!!」

 ラミハの帽子上の異変に、ドラスが声をあげた。


「おお!! 探しておったのはそやつじゃ!! 熊よ! どこに行っておったんじゃ!」

 ヒウチが手を伸ばした。

『マスター!! おタスケにあがリましタ!!』


 その声を号令に、PTの周囲からコインたちの炎攻撃が始まった。

 本当は攻撃しなくともよかったのだが、コインに空気を読む能力はない。

 攻撃力1のファイアブレスだが、数だけムダに多いので、ひどくうっとおしい。

 PTは混乱した。


「きゃーっ!」

 ロインは咄嗟に盾で身をかばった。

「こいつらの攻撃なんか効かねーよ、心配すんなロインちゃん」

「えー、だって」

「俺等、城の最強装備でしょ」

「あ、そっか」

 女騎士は盾を降ろした。

 相変わらずコインたちはピョコピョコ跳ねながら、ムダな抵抗をしている。

「お前たちやめなさい!」

 ヒウチの呼びかけも空しく、彼等には届いていないようだ。

「ちょっとなにこれ! うわあ」

 頭の上で暴れる熊たち。

 ラミハが悲鳴を上げた。

「いかん、捕らえるのじゃ!」

 コインのセコいファイアブレスをものともせずにヒウチが叫んだ。

「お任せを」

 マイセンが熊、鳥、カエルを捕まえて袋に押し込んだ。

「どっから出したんだ、あの袋」

「さあ……」

 晶とロインが首を傾げた。


 いまだコインたちの攻撃が止まらない中、ルパナが何かを唱えた。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


 まもなく、コインたちの攻撃がピタリと止まった。


「お前たち、おとなしくしなさい。こちらにおわすはこの迷宮の主、魔王様だ」


 コインたちは、おお……と、のけぞった。


「なあ……なんでお前の説得は聞くんだい?」

 と魔王。

「簡単な魔法を使った。ここまで低級なモンスターなら懐柔は簡単」

「へ~。……って、なんで今まで使わなかったんだよ」

「魔王の成長のジャマ」

「あ、ああ……そーっすね……はい、すみません」


「それはそうと、名人。彼等も説得してもらえませんでしょうか。こう暴れられては壊れてしまいます」

 袋を手にマイセンが困り顔だ。

 うむ、とヒウチがうなづくと、腰をかがめ、袋の外から呼びかけた。

「お前たち、聞こえるかの。わしじゃ。とにかく落ち着くのじゃ」


 ヒウチはからくり人形たちに、事情を説明しはじめた。

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