第14話 地下三階(4)魔王が魔王になっていく

 何かを察知したドラスが、急に剣を抜いた。

「注意しろ! 虫だ! 団体さんで飛んでくるぞ!」


 皆一斉に戦闘態勢に入った。


「陛下、がんばって。貴方なら出来る」

 マイセンが魔王に囁いた。

「……え」

 彼はとまどった。

 皮肉屋の彼女にそんなことを言われるなんて――。

「氷よ。全体に」

 マイセンは晶の肩に手を置いて、囁く。いや、これは、

『戦闘指示』なのか。

「わかった」


 頭の中の魔法回路。

 それをどうくみ上げれば望む魔法が使えるのか。

 晶は

 だが、知っているだけだった。


 正直自信はない。

 だが、彼女がそう言うのなら――


 晶は前方に手をかざし、意識を集中した。

 不器用に魔法回路を組み立て、魔力を流し込む。


「みなさん、両脇に避けてください!」

 マイセンが絶妙なタイミングで叫ぶ。


 前方クリア。

 ――起動!


『アイスアロー!!!!』


 晶の周囲にナイフ状の氷が無数に現れ、真横に叩きつける雨のように、虫の群れに向かって飛んでいった。

 火を吐き散らしながら襲いかかってきた虫たちは、一瞬で氷の刃の餌食となった。


「うそ……だろ」

 一番驚いていたのは、当人。魔王だった。

 攻撃を喰らった大量の虫たちは、氷の刃の勢いのまま通路の遠くまで飛ばされ、石畳の上に骸を晒していた。


「やったー! アキラすごーい!」

「お、おう……自分でびっくりだわ」

 無邪気に喜ぶロインをよそに、晶は自分のしでかした事に少々の恐怖を覚えていた。

「陛下、いずれ慣れますよ」

 糸目で微笑むマイセン。うっすら背筋に寒いものを感じてしまう。


 それからも、事ある毎に自分に魔法を使わせようとするマイセン。

 レベル上げも己の仕事のうちではあるものの、相手が相手だけに、意図が掴めないと不安である。


「あのさ……ちょっといい?」

「何でございましょう、陛下」

「この階層に来てから、俺かなり魔法使ってるよね。あの……どうして急に?」


 マイセンは、何故そんなことを問われるのか一瞬分かりかねて小首を傾げた。

 が、すぐに腑に落ちたのかこう答えた。


「この階層には、陛下のような初心者魔道士向けの獲物がたくさんいるからでございます。階層によって獲物の傾向が異なります故、ここで稼いでおかないと、先行きが不安なのでございます。……この解答でご納得頂けましたでしょうか?」


「あ、ああ。ご納得致しましたです、はい」


 ――あー、なるほどなるほど……。

 初心者……。

 なるほど……。


 考えてみれば、ルパナの杖の中の人がいれば、たいがいの敵は瞬殺なわけで。

 それをしないで自力でがんばる理由といえば……。


 ゲームのように、パワーレベリングでも出来れば楽ちんだけど、現実はそんなことないわけで、自分でやらなきゃ経験値にゃあならんと。

 付き合う方も付き合う方で、これはかなりのストレス……だろうな。

 

 晶は随行者たちに申し訳ない気分になった。


                  ☆


 安全な小部屋に潜り込み、一行は休憩することになった。

 ヒウチが湯を沸かし、マイセンがお茶の用意を始めた。


「どうしたのアキラ? いっぱい魔法使ったから疲れちゃった?」

 石床にへたりこんでいる魔王の顔を覗き込むロイン。

 彼女の表情にも疲れが滲んでいる。

「ああ……ちょっと。リアルで魔法使うってこんなに疲れるもんなのか……」

 本来無尽蔵とも言われる魔王の魔力も、中の人が初心者ではHPとMNDをガリガリ削るばかりだ。

「そのうち慣れますよ。やはりお血筋、想像以上の素質です」

「よせやい、マイセン。クソジジイに素質ねえって言われただろが」

「あると言うほどありませんが、ないと言うにはありすぎます故」

「結局どっちだよ」

「もちろん、ございます。アキラ様が一日も早く一人前の魔王様になれるよう、私共が精一杯のアシストを致しますので、どうぞご安心ください」

「そんなに俺のこと……」


「未だ貴方様は、対外的には魔王ビルカのままなのです。中身がひ孫だなんて海外に知れたら、せっかく叔父上たちが苦労して終わらせた戦争が、再発してしまいます。国家の安寧のため、アキラ様には速やかに実力を伴って頂きませんと」


「……すいません、自惚れてました」

「うふふ、私、陛下のそういう奥ゆかしいところ、嫌いじゃありませんよ」


 マイセンにそんなことを言われると、喜んでいいのか背筋を寒くしていいのかわからない。


「陛下は、ビルカ様より遙かによい王になられます」


「……え……」


「と、叔父上が申しておりました」

「そーっすか」

「もちろん、私もそう思っておりますよ」

「ふうん」

「どうなさいました陛下?」

「べ、べつに」

「どうも、何か誤解があるようですが……」

「いや誤解なんて」

「国王に忠義を尽くすのは家臣の勤めでございます。私共一族、ゆめゆめ、アキラ様に害を成すことなどございません。どうぞご安心して、お側にお置きくださいませ」

「お、おう。わかった」


「魔王さまー」

『『マオウサマー』』

 ラミハと帽子の上の住人たちが声をかけた。


「なんだラミハ。すっかりちっこいお友達と仲よしさんだな」

「先輩はしんらつ? なことは言うけど、うそはつかないですよ」

「いや、そういう心配してるわけじゃないんだけど」

「じゃどういう」

「……」

「私の前だからとご遠慮なさることはございませんよ、陛下。貴方様は国王なのですから」

「国王国王言われましてもなあ……。だって俺……、ついこないだまで、人間の平民だったんだぞ? ロインですら貴族なのに。それに俺の国は皇帝はいても、いわゆる権力は持ってない、議会制だから、そういうのわかんねえんだよ」

「不思議な国なんだな、陛下の国は……」

 タバコを吸いながら黙って話を聞いていたドラスが、独り言のようにぽつりと言った。

「不思議と言えば、何から何まで、地球の、原初の星の中でもトップクラスに不思議な国だけどな……」


 近頃は、日本での暮らしを思い出さなくなってきた。

 このまま忘れて魔王になりきってしまうのだろうか。


 そう思うと、晶は複雑な気持ちになった。

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