第10話 地下二階(4)細工師、置物を修復する

「おー久しぶりじゃのう、元気にしておったか?」


 ドワーフの細工師・ヒウチが、祭壇のような場所に座っている、オモチャのカエルに話しかけている。

 少し広めの部屋に入った一行は、ヒウチにくっついて皆祭壇前にいる。


「はは、なんかかわいいですね。オモチャに話しかけるとか」

 ギャップ萌えとでも言うのか。そんなものを感じて、魔王が言った。


「ただのオモチャではございませんぞ、陛下」


 カエルは金属製で、手にしたらずっしりとした感触が得られそうだ。

 服をまとったそのカエルは、飲食店で使われるステンレスのトレーのような円盤の上におり、よくよく見ると動いている。


 ――ロボットなのだろうか。いや、ここは異世界だぞ?


『あーあー、ヒウチよー、よく来てくれた! お主はいつもここをスルーしてしまうから、もう50年も待ったゾ』


 なんと、カエルがしゃべった!


「ん? 何かあったのか?」

『あったじゃないゾ、見てくれ、この足を! コレでは踊ることも出来ないゾ』


 そう言って、カエルは着ていたケープの端を持ち上げて見せた。

 カエルの片足は胴から外れており、盆の上に置いただけになっている。 


「おお……、可愛そうに。済まんかった済まんかった。これでは確かに、自慢の踊りも出来はすまい」


 ああ……、と周囲からも嘆く声が漏れる。


 ヒウチはカエルの服を脱がせ、盆の上に寝かせると、手元にカンテラを置いて、哀れな旧友の診察を始めた。


「どれどれ……ううむ……」


 しばらく時間がかかりそうだと思ったドラスは室内の物色を始め、マイセンは出入り口などの警戒をしている。

 夏休みのホームセンターで催される工作教室よろしく、魔王、ロイン、ラミハは、マイスター・ヒウチの手元を凝視していた。


『どうダ?』

「結論から言うと、工具と部品が足りない」

『なんと……治らないのカ……』

 カエルはしくしくと泣きだした。

「慌てるな。お主をワシの工房に連れて帰って治してやろう。ただし、魔王様たちの御用が済んでからじゃ。それでもよいか?」

『ヤッター!ヤッター!ヤッターカエル!!』

「よしよし、じゃあ服を着て……、うむ。では、ワシのカバンの中に――」

『コッチのキャワイイ女の子の方がイイ!』

 カエルは器用に両手片足で飛び跳ねると、ラミハの帽子の上に着地した。

「キャーッ! や、なに、急に」


 ラミハの悲鳴を聞きつけて、ドラスがダッシュで戻ってきた。


「どうしたんだ! ラミハちゃん!」

「いやその……これが」

 彼女は自分の帽子の上を指差した。

『オウ、見晴らしがイイぜ! イエイ!』

「……なんだコイツ」

「いま治せないから、連れて帰るっておじさんが」

「それが何でラミハちゅわんの帽子の上に張り付いてやがるんだ? え?」

「しゃーねーだろ、おっさんのカバンの中じゃイヤだってゴネてんだから」

「しゃーねーで済んだら親衛隊は要りません、陛下」

「意味わかんないし」

「お嬢様~、わかんないとか言ってないで取ってくださいよ~」

『イヤだ! 離れナイゾ!』

 カエルはひし、と帽子にしがみついた。

「こんの野郎! 調子に乗りやがって! 貴様は生肉と同居がお似合いだ!」

 ドラスは、カエルを引きはがそうと試みた。

「おいおい、おめえさんたち、治す前に壊さないでおくれ」

「すんません」

 ドラスはギギギ……と歯ぎしりをしている。

「くっそ裏山……くっそ裏山……ギギギ」

「兄さんよ、ちった隠せよ。嫉妬MAXだぞ」

「しかし陛下」

「ドラスさん、やっぱ毒ガス吸ってからおかしくなってるー。お薬飲んだ方がよくない?」

「ラミハちゃんまでひどい」


                  ☆


 カエルで足止めをくらったついでに、祭壇のある広間で休憩をすることになった。

 ヒウチはさきほど入手した新鮮な素材で鍋を作りはじめた。

 そんな中――。


 ごにょごにょとロインがドラスに耳打ちしている。


「ねえ、マジでうちのラミハが欲しいの? だったら協力しなくもないんだけどー」

「えっ………………、ま、マジですか、お嬢」

「マジよ」

「マジで」

「最近私実家から荷物とか引き上げたんだけど、放置してた侍女まで引き上げさせられちゃって……。多分食い扶持を減らしたかったんだと思う」

「あんた、一体侍女にどういう扱いをしてきたんだ」

「えーっと……。数年間家に戻ってなかったんで、まあ、放置?」

「不憫な……(泣)」

「で、城に引き取った、というか引き取らせられたのはいいんだけど、すっかりマイセン二号になっちゃってて……」

「ああ、ぶっちゃけ息苦しいと」

「話が早くて助かるわ、ナイスガイ」

「いえいえ。お察し致します。して、何か作戦でも?」

「まだノープラン」

「ああ、そうっすか。……でも。ご協力、謹んでお受け致したく存じます」

「いえいえ。利害一致ということで」

「あーでも」

「何か問題が?」

「夢の中で、ラミハちゃんはお嬢様のお世話があるので、と言っていたから、俺も城住まいなので今の生活はほとんど変える必要はないよって、言っちゃったんですよねえ。きっと現実でも同じ流れになりそうで……」

「……ありえる。というか、必ずそうなりそう」

「デスヨネー……」

「あ!」

「な、なんですか、お嬢」

「くくく。いいこと思いついた」

「おお」

「あの子、親衛隊に入れちゃえばいいじゃない」

「……それって、ご自分が騎士団のお飾り入団した件から思いついたやつで?」

「魔王国には騎士団ってないんでしょ」

「個別の騎士はいることはいるんですが、基本的に兵士は人民ではなく、デク人形や魔法生物を使うので、人間の国と組織体系が違うんですよね」

「じゃあ、魔族の騎士は、管理職みたいな?」

「そうです。あとは、後方支援とか、そういう裏方仕事が多いですよ」

「なるほど……。魔族ってやっぱ進んでる……」

「だから、お嬢のアイデア、間違っちゃいないわけで」

「問題は、どうやって親衛隊にねじ込むか……よね」

「彼女の性格からすると……」

「「むずかしい……」」



 ドラスはウサギスープを食べながら思った。

 あれほどまでに主人に忠義を尽くす少女が、ないがしろにされている。

 いくら利害が一致するとはいえ、愛する少女があまりに不憫でならなかった。


 ――やはり、俺が全身全霊を賭けて愛してやらなければ――


 ラミハの娶りに闘志を燃やすドラスだった。



「ところで名人、魔導具師ってどーやったらなれるんですか?」

 ラミハが細工師に尋ねた。

「やりたいと思えばなれる。根気は要るがの」

「私、師匠に弟子入りしたいです!」


「「「ええ――ッ!?」」」


「あ、そ、そうなんだ。ラミハってそういうの興味あるカンジだったんだ~。へ~、や、やったらいいじゃない? ねえ、アキラ」

「いや芸事の弟子入りなんて簡単に言うもんじゃねえぞ。だいたいヒウチさんにも事情があるんだし」

「そ、そそ、そうだよ、ラミハちゃん、細工師なんてそんなパッとなれるもんじゃないんだし、それに女の子がやる仕事でもないんじゃないかな」

「なんですか! 魔王様も、ドラスさんも! 私が細工師になったら、何かいけないんですか!? え? 味方ってお嬢様だけ?」


「わしはかまわんよ。ドワーフも最近の若いもんはチャラチャラした仕事ばかり好んで、この業界はなかなか後継者が増えないと困っておったからの」


「そんなあ……」

 お嬢の裏切り者! と言いたげな目で、ロインを睨むドラス。

 そんな視線を笑って誤魔化してかわすロイン。



 ダンジョンに出会いを求める親衛隊員の苦難の道のりは、まだ始まったばかりだ。

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