第9話 地下二階(3)剣士、どさくさに紛れる

「キャーッ! どこ触ってるんですか!」

「あ、ごめんラミハちゃん、それ俺の盾かも」

「ちょっと押さないでよ! 転ぶでしょ!!」

「お前の槍が足に引っかかってんだよ、そっちこそどーにかしろよ」

「ごめん、それ、私の杖」

「いたいいたいいたたたた、誰だねわしのヒゲを引っぱるのは」

「申し訳ございません、私の弓が絡んでしまったようです」


 全員で暗闇ゾーンに入ったら、案の定大混乱である。


「いいから皆の衆、まず足を止めるのじゃ。それから、一旦外に出て、ムカデのようになってくれんかの」


 あれこれ引っかかったものや、進路を塞いでいたものを取り除き、暗闇の外に出ると、一列縦隊に並んだ。


「最初からこうすりゃ良かったじゃねーかよ」

「申し訳ない、陛下。普段は一人で行動してるでの、想像出来なかった」

「それではしょうがない」


 最後尾にはドラス、その前にはラミハが並んだ。


「ドラスさん、どこ掴まってるんです?」

 ラミハの脇の下に手を差し込んでいるドラス。

「いや、だって装備品が多くて、掴まれる場所が少ないんだよな~」

「だったら肩にでもしてくださいよ。落ち着かないです」

「ごめんごめん。じゃあ俺の盾持っててくれるかい?」

「いーですけど」

 微妙にムっとしているラミハ。




                  ☆




 全員並んで暗闇ゾーンに再突入。

 先頭のヒウチが壁に手を這わせながら進んでいく。


 しばらく歩いたところで、ドラスがラミハの耳元で囁いた。


「そっと前の人から手を離して」

「どうして」

「俺が困るから」

「……わかんないけど、わかりました」


 最後尾の二人が、列を離れてその場に立ち止まった。

 暗闇の中は、音までもが吸い込まれていくのか、そう離れてもいないはずなのに、他の連中の足音がやけに小さくなっている。


「何がどう困るんですか」

 ラミハの声が怒っている。


「なんというか……、このまま黙って下まで行くのはキツイというか」

「まさか、帰りたいとか言うんじゃないですよね?」


 ドラスはラミハの背中から抱きすくめた。


「キミを帰したい」


「――え」


「俺、デカイ口叩いたけども、やっぱりキミを守れる自信がない。

 ここは不慣れな地下迷宮だ。地上ならまだしも、こんな調子じゃあ、自分を守るので精一杯になりそうなんだよ。だから」

「わ、私だって、自分のことは何とかするし、お嬢様だって守る使命が――」

「そのお嬢様も、キミも、守ってるのは、魔王陛下だろ?」

「あっ……」

「俺じゃあ、ない。あ、いや……こんなことを言うつもりじゃなくて……その」


「あの……」


「なんだい?」

「どうして、私、なんですか」

「わかんない?」

「わかんないから聞いてるんじゃないですか。ふざけないでください」

「ごめん、ふざけるの、クセなんだ」

「もう、離してくれませんか。お嬢様たちとはぐれてしまう」

「だめだ。もう遅い。今から追っても迷うだけだ」

「なんなんですか! 離してよ!!」


「だめだ」

 ドラスは更に腕に力をこめた。

「お前を離さない。俺といろ」


「……ちょ、なんですか、そ、その……ドS彼氏みたいな台詞、いいかげんに……」

「あ、そうじゃなくて、ああ、俺なに言ってんだもう」

「はあ???」

「――わかった」

「……やっと解放してくれるんですね。よかった」

「覚悟キメて、ハッキリ言うよ」

「え?」


『俺と職場結婚して下さい、ラミハさん』


「……いま、なんて」

「職場結婚して下さい」

「ちょ、ちょっとまってこんなとこであのあのプププププロポーズとか、それに私お嬢様の侍女だしその結婚とかまだ」


「だから、別に今の生活変えることないって。俺だって城に住んでるし、部屋を一緒にしてもらえばいいだけだよ。今までと変えることはごくごく少し。ね? 悪い話じゃないと思うんだよ。それに親衛隊は給料も福利厚生もいいし、子供出来たって保育所が優先的に使えるし育児休暇もあるし、それと別にシッター雇ってもいいし、そのぐらいの甲斐性も金もあるから安心して俺とけっこ――」


「なんでいまここでなんですか!!!!」


「あ――。えっと。暗いとこダメか?」


「どうして。そんな、大事なことを、こんな場所で――」

 ラミハがしくしく泣きだした。


「……ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、俺……」


「ただ、なんですか」


「いつもふざけてるのは、その……照れ隠しなんだよ。マジなこと言うと、失言ばっかになっちまうし……。だから、この真っ暗な場所の中なら、照れずに言えるかな、と思って……。でも、ダメだったな。……済まない」


「いえ……」


「でも、キミを城に帰したいっていうのも、本当だから。さっきのウサギみたいのがまた来たら……。あの頼りない魔王じゃ、キミを守れる保証もない」


「そうかもしれないけど……。でも、お嬢様を置いて帰るなんて出来ません」


「だよな。――わかった。俺、全力で守るよ」


「ねえ、なんで、私なんですか?」

「なにが」

「だから、その……。結婚相手。すごい年とか離れてるし、種族も違うし」

「それ言ったらキミのご主人はどうなんだい?」

「そう、ですね」

「この間の作戦で、剛胆で生き生きとしたキミのことが、気に入っちゃったんだよ。

 それだけじゃあダメかい?」

「……かんがえときます」

「ああ、頼むよ」




                  ☆




「――い、おーい、ドラスー! おきろー!」

「……?」


 ドラスが気付くと、自分は石畳の上に横たわっており、魔王やラミハに何度も呼びかけられていた。


「あれ? 俺……ラミハちゃんにプロポーズして……」

「はあ!! わたし?? なに寝ぼけてんです?? ヘンな毒ガス喰らって、今まで寝てたんですよ。もー悪い夢見てたんじゃないんですか?」



「ん~……。あれは、いい、夢だった。

 いや、いいリハーサルだったよ」

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