第6話 地下一階(4)魔王とマップと1×1

「やれやれ、やっと出発だぜ……」

「アキラ、城に帰りたいとかナシだからね!」


 初手からうんざり顔の魔王とその一行は、朝食後キャンプを後にした。

 さっきゲロを吐いたわりには元気なロインが、早速ぐったりしている伴侶の腕をぐいぐい引っぱっている。


「此の期に及んでさすがにそれは言わねーよ。むしろお前の方が、『やだー』『かえりたいー』とか泣き言いいだすに決まってる」


 晶は己の心に折り合いをつけ、覚悟を決めてこの遺跡に足を踏み入れたのだ。

 国王として国庫を潤し、自身のレベルを上げ、結婚資金も調達せねばならない。

 遊び半分物見遊山半分の婚約者と一緒にされてはたまらない。


「言わないもん。お宝見つけるまで言わないもん」

「お嬢様、帰るまでが冒険ですよ」

 ラミハが釘を刺す。

「言われなくても分かってるわよ」


 先頭を歩いているヒウチが後続に声をかけた。

「おめえさんたち、朝から元気なのはいいが、はしゃぎ過ぎなさんなよ。先は長いし、何があるか分からん。いちいちビックリして、他のメンバーを危険に晒すことのないよう、十分注意するんじゃぞ」


「「「はーい」」」


「ヒウチ殿、昨日の下見では三階層程度しか見ておりませんが、内部機構はまだ動いてますか?」

 マイセンが尋ねた。


「わしの出入りしている範囲では、ほぼ機能は維持されておるな。住人の方もあまり変わってはおらんようじゃ」

「俺、ダンジョンって初めてなんすよね~。中ってタバコ大丈夫ですかねえ?」

「やめておけ。万一ガスでも沸いていたら大爆発じゃぞ」

「うわ……。了解です」

「タバコってそんなにおいしいんですか? ドラスさん」

「美味いってもんじゃないが、ラミハちゃんはやめた方がいい。お肌に悪いからな」

「はあ。そうですか」


                  ☆


 遺跡内をしばらく歩いていると、ラミハがしんがりのドラスに尋ねた。


「ここはまだダンジョンじゃーないんですよねえ?」

「そうだね。まだしばらく歩くかな」

「遺跡ってこんなに広いと思いませんでした……」

 ラミハは早速飽きてきたらしい。


 今度はロインがいきなり走り出した。

「あー、きれい~」

「こら! どこいくんだ」

 晶が追いかけると、広い通路のはじっこでロインが何かを見ている。

「きのこ~」

「……うわ、なんかの死骸から生えてる……」

「キャーッ!」

 ロインは晶に飛びついた。

「……おま帰れ。マジ帰れ。今からこんなじゃ俺殺される」

「やだーやだやだやだ」

「さっきヒウチさんに言われたばっかじゃんか。もーダメ」

「帰りたくなーいー」

「あーもー、頼むから誰かこいつ連れて帰ってくれ」


 何故か全員、視線を逸らす。

 目を丸くしたヒウチを除いて。


 晶のテンション、メンタルにダメージ。共に低下。

 行動力にマイナス修正のステータス異常を発生。


「やだもー……俺が帰りたいわ……」


                  ☆


 遺跡に入ってから、短い階段を登ったり降りたり、広間を通過したり、長い通路を延々と、かれこれ二十分は歩いているが、一向にダンジョンらしい場所にたどり着かない。不安になって、晶が先頭のヒウチに声をかけようとしたその時。


「さあ、ここから地下迷宮に入るぞ。皆の衆」


 全員に緊張が走る。


 石壁にくりぬかれた入り口がぽっかり開いている。

 その先は、階段が地下へと続いていた。

 穴の先が真っ暗なので、まるで壁に底なしの穴が開いているように見える。


 晶のステータス異常が、地下へのワクワクドキドキのおかげで若干回復した。


 ヒウチはカンテラに灯りを点すと、迷いなくその闇の中へ足を踏み入れた。


 階段を三十段ほど降りると、踊り場のような狭い空間に着いた。


「ようこそ。ここが、ダンジョンの地下一階じゃ」


「……ここ?」

「はい、陛下」

「ここが入り口で、他にいっぱい部屋があるとか?」

「いいえ。下り階段のみです」

「隠し扉とか?」

「ございません」

「マジで?」

「マジでございます」

「この1×1だけ?」

「はあ、左様ですが」

「いや……その……20×20……とか」

「?」

「銅の鍵とか銀の鍵とか……」

「??」

「地縛霊……いや、同じ場所に何度も出てくる幽霊とか」

「???」

「――ないのか」


 ヒウチは首を傾げ、ひげを撫で付けながら訊いた。

「……あの、陛下は地下一階に何を求めておられるのですかな?」


「いえ、なんでもない。ちょっと聞いてみたかっただけだから」

 晶は心なしかしょんぼりしていた。


 晶のステータス異常がぶり返してしまった。


「では、降りますぞ。足下に注意してくだされ」

 ヒウチは地下二階への階段を先導していく。


「まーたわけわかんないこと言ってー。次行くよ、アキラ」

「う、うん」

「金策、金策ぅ~」

 ロインに腕をぐいぐい引っぱられ、晶は階段を降りていった。

 

                  ☆


 せっかく昨晩作った手製の方眼紙まで持参したのに、出鼻をくじかれてしまった。

 晶は身勝手だと分かっていながら、階段を降りる前のテンションを返して欲しい、と心の底から思った。



「そっかー……。一階は1×1かー……。そっかー……」

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