第7話 地下二階(1)魔王、白い悪魔に襲われる

「うええ……ぎもぢわるい……」


 晶は回転床のトラップに何度も乗って、ひどく酔っていた。

 ロインなどは最早声も出ないほど気分が悪くなって、槍の柄を杖代わりにしてようやく歩いている。


「だから酔い止め飲んで下さいって言ったじゃないですか」

 と、ラミハ。

「俺は根性で頑張るとか、薬が不気味だから飲みたくないー、とか、お二人ともわがまますぎですー」


「「だってえ……」」


 他のメンバーには、大した影響は出ていないのだが、極端に運動不足な魔王とロインは、三半規管が弱り過ぎていて、酔いから回復出来ていない。

 仕方がないので、しばらく立ち止まって休むことになった。


「ったくもう、あとで面倒臭いことになるんですから、これ飲んでくださいよー」


 そう言ってラミハが二人に差し出したのは、串刺しになったイモリの干し物に、極彩色のザラメのような結晶がまぶしてある物体だった。

 お菓子だったとしても、かなりの悪趣味である。


「これ、すぐ効くから、だいじょぶだいじょぶ。サクサクしておいしい」

 薬師が全力でお勧めしてくる。

「ほらー、こわくなーいこわくなーい」

 ルパナが懐から取り出した極彩色イモリをバリボリと食べ始めた。


「お、おう……」


 こわごわ串に手を出したのは晶だった。

 ペロリと結晶を舐めてみる。

 ……甘い。

 念のため、水筒を用意してから、一気に口の中へ入れ、串を引き抜いた。

 二三回咀嚼すると、うっとうめき、固まった。


「ぐ……ぬぐうぐぬぐ」

 目にいっぱいの涙が、いまにもこぼれそうだ。


「だめ、吐いちゃだめ。そのまま飲む。さあ」

 ルパナは晶の口を押さえ、目をいっぱいに見開いて、彼の顔を凝視している。


 ごくり。


 晶がイモリを飲み込んだのを見届けると、ルパナは満足げに手を離した。

 薬の効果を確信しているからこその表情なのだろう。

 晶は急いで水筒の蓋を開けると、ごきゅっごきゅっと喉を鳴らして水を飲んだ。


「……どう、ですか。魔王様」


 ラミハが不安そうに声をかけた。

 ロインは両手で口を押さえながら、ラミハの後ろから様子をうかがっている。


「お……」

「「お?」」

「おお……。なんか、胃の中と頭の中、スッキリしてきたぞ」

「わ、わたしも食べる!」

 ロインはラミハの持っているもう一本のヤモリ串を奪い取り、バリバリと貪り食った。


「おい、飲むか?」

 晶がロインに水筒を差し出す。


 彼女はこくこく、とうなづくと、水でヤモリを胃の腑に流し込んだ。

 晶は彼女の背中をさすってやった。


「どうだ?」

「……………………あ。効いたかも」


「かもじゃない! 効くの!」

 ルパナが杖で床をゴンゴン小突きながら怒り出した。

「まーまーまー。分かってますって薬師どの」


 今まで壁に寄りかかっていたドラスが兎耳の機嫌を取り始めた。

 ダンジョン内で床を叩くなど、危険行為もいいところ。

 早々に止めさせるのが吉である。


「むうー」


「ああ……。親衛隊員殿の気遣いも、間に合わなかったようじゃの」

 ドワーフは二本のハンドアックスを構え、深淵の奥を見据えていた。

「少々、数が多いようでございますね」

 マイセンもドワーフの視線の先に、構えた短弓の鏃を向けていた。

 ドラスもすらりと剣を抜き、魔王の前に出た。

「陛下」

「おう」

「これから来る敵は数が多いので、お嬢さん方三人を障壁で囲っていて下さい」

「そんなに多いのか」

「早く。見ればわかります」


 普段くだけた雰囲気のドラスの声に緊張が混じる。

 マイセンは見えない向こうへと矢を放ち続けていた。

 晶は、遊んでいる場合ではないと察した。


「おまえら、急いで俺にくっつけ! クリスタルウォール!!」


 魔王の周囲を、輝くガラス板のような壁が円筒状に覆った。

 壁は床から天井まで届き、敵の侵入する隙間はない。


 次の瞬間――


 キィキィ、と金属を引っ掻いたような鳴き声が、大量にPTへと押し寄せた。

 床、左右の壁、天井、と四面を走るソレは、白く小さな獣だった。


「ねずみ……いや、兎!? う、うあああ!!」


 晶は思わず少女たちを抱き寄せ、頭を低くした。


 壁越しに押し寄せた白い波は、いくらかが左右の壁から後方へと走り去ったが、多くの獣が、光の壁の外にいる連中に襲いかかった。


「はあああああッ――!!」

 短弓から二本の曲刀に持ち替えたマイセンが、次々と獣を切り刻むと、足下に白と赤の塊が床を埋め尽くし、


「ふぬうぅぉおおおおッ」

 ヒウチが二本の手斧を振り回すと、ピギャッ、ギイッ、と悲鳴を上げながら獣が壁や床に、臓物をまき散らしながら弾き飛ばされていく。


「くぅっ、きびし――ッ」

 小動物との戦いに不慣れなドラスは、体のあちこちを兎に囓られながら、必死に剣と盾で応戦している。

 すわ血みどろに、と思わなくもないが、親衛隊仕様の全身鎧は彼の体をくまなく覆い、野獣の牙から護ってくれている。



 光の壁の内側で、ただ見守るしかない四人。

 唐突に始まった惨劇に、目を覆いたくなった。


「こわいよ……」


 晶の腰にしがみついたロインがつぶやく。


「ああ、俺もだ。こんなの、ムリ。いくら装備があったって、捌き切れねえよ……」

「私も、お嬢様をお守りするなんて大口叩いてたけど、これは想像のナナメ上です」

「兎、かわいそ……」

「ああ、ルパナ的にはそういう感想な。うん、なんか、アレだな、よしよし」

「よしよし」

「よしよし」

「うう……。なに、みんなして」

「いや、なんとなく、な」


 時折光の壁にぶつかり、赤い筋をなすりつけながら床に肉片が落ちていく。


「ひいッ。……こいつ、固いのか。それにしたって……」


 文明の進んだ大都市からポンと放り込まれた晶には、あまりにも刺激が強い光景で、この先のダンジョン攻略への不安が増すばかりだった。

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