第5話 地下一階(3)女騎士さん、吐く

 ダンジョン攻略メンバーに加わった、ドワーフの細工師ヒウチ。

 日頃から細工物の材料を集めに、遺跡の中・外・地下と、勝手を熟知している。

 ……ただし、地下は中層まで。

 途中までの道案内にはうってつけの人材だった。


「ヒウチさん、城から追加の荷物が届きましたよ」

 ドラスが木箱を抱えてやってきた。

 魔王たちの装備品を見たヒウチは、これでは準備に不足があると、マイセンにリストを渡していた。


「ん。適当に荷物を分配しておいてくれ。わしはこいつらのメンテナンスに忙しい」

 ヒウチは器用に不思議な工具で魔導具を分解している。


 ラミハが城の宝物庫から持ち出した大量の魔導具は、いずれも放置されていたもので、そのまま使用すれば事故を起こすかもしれない危険なものも含まれていた。


「ったく、モギナス様ってばヒドイですよねー。こんなの私に持たせて、何かあったらどうする気だったんでしょう」

 ラミハがヒウチを手伝いながらプリプリ怒っている。


「ルパナや俺等がどうにかするとても思ってたんだろ。戦闘力は低いが、生還率はムダに高いPTだからなあ」

「魔王、無責任。私でも限度はある」

「やだもー。お城に帰ったら抗議してやるんだから!」

「口を動かさずに手を動かしな、お嬢ちゃん」

「すいません師匠」


「んでもさ、俺等が森で迷子にならなきゃ、ヒウチさんに会うこと無かったんだし、結果オーライじゃね?」


 ゴンッ!

 魔王はマイセンに頭頂部を鈍器で殴られた。


「オーライじゃね? ではありません、陛下。そもそも、遺跡前で騒々しくしていれば、遠からずヒウチ殿と接触することにはなっておりました」

「まあ、庭じゃからの。三日に一度は前を通っている」

「そんなひんぱんに?」


 ヒウチは小さくうなづいた。


「そうでございます、陛下。

 というのも、遺跡の脇には、街へのゲートがございますでの、細工物を売りに行ったり、手に入れた金で酒や食料、細工物の材料を買ったり、注文を受けたりしますでの」


「あんがい文化的な生活してたんだな。てっきり森で隠居してるのかと。他のドワーフさんはどこに?」

「この飛び地の西のきわにある、隣国の港街の近所に集落を作っております」

「へえ……。俺、魔王なのに、何も知らなくてごめんな」

「なんの。こうして忘れられた遺跡にお越し頂いただけで、嬉しゅうございます。

 ……して、ビルカ様はどうされたのかな」

「――バレてたか。実は……」


 魔王・晶は、事の次第をヒウチに説明した。


「なんと……。貴方様は、原初の星からお越しになられた、ビルカ様の子孫の方とな。これはこれは……。ありがたや、ありがたや……」


 晶は、やたらとヒウチに拝まれた。


                  ☆


 結局一行は遺跡前で二泊し、朝を迎えた。


 ガンガンガンッ!! ガンガンガン!!


「おはよう、諸君。朝食の用意が出来ておるぞ」


 前掛けをしたヒウチが、フライパンをおたまで叩いて皆を起こした。


「ふわあ……、うるさいなあ……」

 テントの中から最初に出て来たのは晶。

 次いでラミハがふらふらとついてきた。まだ半分寝ているようだ。

 ルパナはそばの敷物の上でもぞもぞうごめいているので、まもなく起きるだろう。


「おはようございます……。ロインお嬢さんは?」

 隣のテントから寝癖頭で顔を出したドラスが訊いた。


「この程度じゃ、うちのお嬢様は起きませんよー。そういうとこ図太いんで」

「あらら。マイセン女史は?」


「私ならここですよ、ドラス」

 マイセンは、簡易テーブルに鏡を置き、長い髪をアップにしている最中だ。


「なんだ……すげえ旨そうな……」

「ん~、いいにおーい……。これ、ヒウチさんが作ったんですか?」

 仮ごしらえのかまどへ吸い寄せられるように近づくラミハと晶。


「城から弁当が届いておるようだが、やはり食事は出来たての温かいものを取るのがいちばんじゃ。このスープを一緒に食えば、弁当の味気なさも多少は紛れよう」

「ですよね~~」

「俺、ロイン起こしてくるわー」

「はーい」



 晶がテントに頭を突っ込むと、ロインがうなされていた。


「おい、起きろ。ロイン起きろ!」

「う、うううう……ううう……」


 彼女の体をゆさゆさ揺するが、目を覚まさず、うめくだけである。


「おい、起きろって、おーい!」

「うう……うあ……うあうあうあううう……」

「やべえなこれ、なんか取り憑かれてんじゃねえだろな」


 晶は慌ててルパナを呼んだ。

 彼女はロインのあちこちを触診すると、テントの外へと引きずり出した。


「な、なにが始まるんだ?」

「だいじょぶ」


 そしてルパナは、すう……と息を吸い込み、


「えいっ」


 と、ロインの背中を一発叩いた。

 次の瞬間、ロインがビクンと体を引きつらせたかと思うと――


「うげろろうぼぼぼろうげろ」


 草むらの上に盛大にゲロを吐き出した。

 その吐瀉物を見た晶が叫んだ。


「こ、これは!! このアホ娘が――ッ!!」

「う……あれ。私なんで草の上に寝て……キャーッ! な、なにこのゲロ!!」

「おまえんだよ、ロイン。ったく、やっと起きたか。ふつーはらいたなら途中で起きてるぞ。うめきながら寝てるってどういう神経だよ」

「いくら夜中におなかすいたからって、ルパナのおやつたくさん食べたらこうなる、あたりまえ……」

「これは戦闘糧食で、少量でも腹がふくれるように出来てんだよ。ったく」

「うそぉ……(泣)」


 草の上には、かみ砕かれたピンク色の物体多数と、胃液等々がぶち撒けられていた。それを見た晶とルパナは、一瞬で事態を把握したのだ。


「ったく、悪霊に取り憑かれたかと思ったぞ。心配かけさせやがって」

「ごめん……」



 結局、ロインは消化不良でうめいていたのだ。

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