第4話 地下一階(2)森の中の細工師

「おめえさん、そいつをどこで手に入れた?」


「きゃあああっ――――――!!」

 驚いたラミハは悲鳴を上げた。


 急に誰かがラミハに声を掛けたのだ。

 中年の男の声は、すぐ近くから聞こえた。


「さわぐな、人間の娘。

 何もとって食ったりせん。ただ、何故それをおめえさんが持っているのか、どこで手に入れたのか、制作者として聞きたかっただけなのだ」


 木の幹の影から、背の低くてがっちりした体型の男が現れた。

 男は顔中を長いひげに覆われており、それは幾本もの編み込みが施されていた。

 地球で言うところの、ドワーフという種族に近い。


「……せいさくしゃ? それじゃあ、これを貴方が?」


 男は腕組みをすると、うんうん、と大きくうなづいた。


「これは、魔王城の宝物庫から借りてきたものです」

「なんと……。して、何故人間のおめえさんが持っているのだ?」


「私は、魔王様のお妃……になる予定の方にお仕えしている侍女です。

 この近くにある遺跡の地下迷宮に用があり、これらの道具を、宰相のモギナス様に貸し与えられたのです」

「モギナス……。えらく久しぶりに聞く名だ。

 して、なぜこの森に?」

「昨日、この近くに数人でやってきたのですが、一緒に来た魔王様と主人が、今朝がた森に入ったきり戻ってこなくて……」

「探しに入ったおめえさんも、迷ってしまった。ということじゃな?」


 ラミハは目にたくさんの涙をうかべて、目の前の男に力強く言った。


「はいいいっ、出られませんっ!!!!」


                  ☆


「ただいま戻りましたぞ、陛下」

 ドワーフのようなひげもじゃ男が、森の奥の庵に戻ってきた。


「きゃーっ!」

「お、お、お、おかえり~」


 居間のベンチで絡み合う男女。

 男を見て、二人は慌てて離れた。


 「……なにやってんすか」


 男の背後から、少女が顔を出した。

 ムチャクソ怒っている。


「「あ………………ラミハ!」」


「あ、じゃねえです!

 おまいらなにやってんの?

 今日はダンジョン行くって言ったっすよね?

 朝に脱走して、今もう夕方ですよ?

 こっちゃマイセンさんに監督不行き届きで怒られるし、探しに来たら迷うしで、このおじさんいなかったら、私遭難してたんだから!!

 ほんっとーに、おまいらマジクソいーかげんにしろですよ!!!!」


「「……ごめんなさい」」


「魔王相手にそこまで怒鳴れる娘を初めて見たぞい。長生きはするもんじゃな」

 ひげもじゃ男は愛おしそうに、編み込まれたひげを撫でながら言った。


                  ☆


 ヒゲ男、名をヒウチ。種族はドワーフだという。

 彼等も原初の星から来た民だから、地球の伝承にある種族と同じなのに、魔王は合点がいった。


 魔王以下二名がヒウチにお茶とドライフルーツのもてなしを受けていると、誰かがドアをノックした。


「まったく、今日は客の多い日じゃの……どなたかの」


 ヒウチがドアを開けると、マイセンが立っていた。


「こちらに、うちの魔王様がおじゃましておりませんでしょうか?」


 ヒウチが無言で屋内を示すと、マイセンがものすごい殺気をまとった笑みで、居間を覗き込んだ。


「ああああああああああああああああああああ」


 ラミハがガタガタと震えだし、ロインにしがみついた。


「あの、これにはちょっと深いそれなりの事情がいろいろあってだな」

「魔王様!」

「はいいいいいい!!!!」

「あ、遊びに行こうって言い出したの私だから、その……」

「わかってます。その上で陛下には配偶者の責任を問うているのです」

「ずびばぜんっ!!!!」


「最近の魔王城の侍女は一体どうなってるんじゃ?」

 ヒウチが小首を傾げた。



 ☆ ☆ ☆



「ただいま~。遅くなって済まない」

「おかえりなさい、陛下、みなさん」

「おかえり」


 皆がキャンプに戻ってきた頃には、すっかり日が暮れていた。

 留守番をしていたドラスとルパナは、城から放り込まれた木箱の上にナプキンを敷き、兵士用の金属マグカップにお茶を淹れ、兵士用の金属皿の上には例のピンクのお菓子、というアウトドア感満載のお茶会をしていたところだった。


「おや、そちらのドワーフさんは?」

「こちら、ご近所にお住まいのヒウチさん。迷宮へ一緒に来てくれることになった」

「あまりにも彼等を見ていて不安でな。どうぞ、よろしく頼む」


 ヒウチは、背嚢にくくりつけたフライパンやカップをカラカラ鳴らしながら、おじぎをした。

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