第29話 女騎士さん、実家に帰る
その晩、魔王は滅茶苦茶セックスをした。
でも、何故か朝になると、婚約者は消えていた。
『しばらく実家に帰ります』
テーブルの上に、こんなメモが残されていた。
ロインの実家といえば、城下にある第二大使公邸なのだから、居場所は最初から知れているし、ぶっちゃけ王城のご近所である。
しかし、彼女が自分の意志で城を出たのは、これが初めてのこと。
……また、やっちまった。
晶は、十年近く前に同棲していた女性のことを、ふと思い出した。
いろいろと行き違いがあって、今日のように置き手紙一つで消えてしまった。
もうこりごりだと思い、二次元嫁だけを愛する日々を送っていたのに。
だけど、再び生きた人間を好きになって――このざまだ。
前回は行方が分からなかった。
でも、今回は居場所は分かっている。
もう同じ轍は踏まない。
☆ ☆ ☆
馬を駆り、モギナスと数人の従者と共に、テンダー卿のいる第二大使公邸を訪れた。
それを見て、近隣の住民が何事かと集まってきた。
「あまり騒ぎにしたくはないが、仕方がない」
「心得ております、陛下」
モギナスは衛兵に、ヤジウマ整理を命じた。
「お、おはようございます、陛下」
公邸の中から、テンダー卿が出て来た。
用向きは分かっているからか、ひどく怯えた様子だ。
「朝早くから大勢で押しかけて、大変申し訳ないが、ご息女にお取り次ぎ願えないか」
晶が馬上から声を掛けた。
「大変申し訳ございません。首に縄をつけてでも御前に連れて参るべきところ、部屋に鍵をかけて引きこもってしまいまして……」
「ううむ……」
「これからドアを破壊して引きずり出しますので、いましばらくお時間を頂けませんでしょうか」
「ちょっと、何の騒ぎよ、パパ」
「ロイン! お前、いつの間に」
「こんだけ外が騒がしかったら、見にも来るわよ。……あ」
「おはよう、ロイン」
晶は小さく手を挙げた。
ロインは、晶の声を聞いて回れ右して部屋に逃げ込もうと思った。
が、目の前に立ちはだかる、人馬一体の黒い壁。
その姿に、見入ってしまったのだ。
年頃の娘が誰でも夢に見る白馬の王子とは色こそ違えど、その構成材料はほぼ同じ。美形で精悍な貴族男性が、馬上から自分の名を呼んでいる。
普段見たことのない礼装をまとい、豪奢な飾りのついた剣を帯びたその人は、自分の知っている男性とは全く違うもののように思えた。
……私の、王子様……。
心が妄想の翼でどこかに行ってしまいそうになったとき、彼女は思い出した。
――これは白馬の王子様なんかじゃない、魔王なんだ。
「な、なにしに来たのよ」
「迎えに」
「帰りたければ帰れって言ったのそっちでしょ」
「あの時と今は違うだろ」
「自宅に帰るのに何でジャマされなきゃいけないの?」
「別にそういうつもりじゃ……」
「ならお城に帰ったら?」
「なあ、何で少しぐらい待てないんだ? ちゃんと説明するって言っただろ?」
「隠し事してるのが気に入らないの」
「ったく、いい加減にしろよ。何でもかんでもわがまま聞いてもらえると思ったら大間違いだぞ。
こっちにだって都合もあれば、政治的な問題だってあるんだ。俺は俺一人の体じゃないの。国背負ってんの。
相手の立場も考えられないやつが、外国人の王族なんかと結婚出来るもんかよ」
「やだったらやだ!」
「子供かよ! 教えないとは言ってないだろ! 待てっつってんだよバカ女!」
「バカ女とは何よ! この人さらい! 鬼畜!」
「ふざくんなよ、その汚い口を塞いでやる」
晶が馬を降りようとした時――
「おーい、その痴話ゲンカ、いつ終わるんだ?」
と、何者かが声を掛けた。
「お、お前は!!」
晶の見知ったその男こそ。
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